第6 不作為犯

□不作為の行為性の根拠
・現行刑法は,不作為的犯罪行為の処罰を前提としている。
・国民の常識から考えても除外すべきではない。
・日常的に作為と同価値の不作為が存在している。
□不真正不作為犯と罪刑法定主義との関係
 不真正不作為犯は,罪刑法定主義との関係について(ア)法律主義と(イ)明確性の原則からこれを承認すべきか否かについて問題がある。
(A)違反説
(B)限定説(通説)
 不真正不作為犯は,必ずしも,罪刑法定主義に反するわけではないが,処罰範囲の限界を設定する規準を明示する必要がある。
 この点,(ア)法律主義との関係においては,たとえば「人命を尊重せよ」という規範は,作為と不作為の双方によって違反されうるのであって,法律に定められたある構成要件が不作為による実行行為を含むか否かは,結局,構成要件解釈の問題であって,類推解釈による罪刑法定主義違反は,問題とならず,不真正不作為犯の成立も認められる。
しかし,(イ)明確性の原則との関係においては,問題を生じうる。不真正不作為犯の性質上,作為義務を科されうる保証人の範囲を余すことなく具体的に規定することは不可能だからである。したがって,不真正不作為犯の成立を認めるに当たっては,作為犯との同価値性(等価値性ともいう)が必要であると解される。   
□不真正不作為犯の論述例(前田総175頁,西田『刑法理論の現代的展開』67頁以下)
1)不真正不作為犯とは,作為の形式で規定された構成要件が不作為により実現される場合をいう。【定義】
2)この不真正不作為犯が認められるためには,積極的に犯罪成立を防止すべき義務,すなわち,作為義務が認められなければならない。なぜなら,(ア)罪刑法定主義の派生原理である明確性の要請と(イ)無制限に拡大しうる因果関係の限定の要請から,不作為犯の成立にあたっては,作為犯との同価値性が要求されるからである。【作為義務の発生根拠】
3)では,どのような場合に,作為義務が認められるのであろうか。
 この点従来の通説は,(ア)法令,(イ)契約・事務管理,(ウ)慣習・条理によって生ずると解してきた(形式的三分説)。しかし,この見解では,(ア)処罰の実質的根拠を明らかにすることができないし,(イ)条理という包括的で無制限な概念が入っていることから,作為義務を要求することにより不真正不作為犯の処罰範囲を限定する機能を果たすことができない点で問題がある。【形式的三分説批判】
 そこで,作為義務の発生根拠を法益侵害の観点から,実質的に捉えて,以下の要件が必要であると考える。【いわゆる西田説】
 第1に,(ア)法益侵害の危険が間近に迫っていることである。不作為犯とは,既に結果発生に向かう因果の流れがあることを前提として,それに積極的に関与しないで犯罪を実現するものだからである。
 第2に,(イ)結果回避可能性があることである。法は不能を要求しないからである。
 第3に,(ウ)結果発生に向かう因果経過を具体的・現実的に支配していたことである。不作為犯が作為と同価値と評価されるためには,作為犯が自ら結果発生をもたらす原因を設定し結果発生を支配するのと同様の地位が認められなければならないはずだからである。
 このような地位が認められる場合には,二つの場合がある。【西田説の展開】
 一つ目は,自らの意思に基づいて排他的支配を有し,設定した場合である(事実上の排他的支配)。たとえば,けが人を車に乗せるような場合である。
 二つ目は,自らの意思に基づかず排他的支配を有した場合である(支配領域性)。たとえば,家に捨て子がされた場合である。
 この場合には,因果関係が拡大しすぎるおそれがあるから,その身分関係,社会的地位に基づき社会生活上継続的に保護・管理義務を負う場合でなくてはならない。たとえば,親子関係にあったり,建物の所有者であるような場合である。
 なお,先行行為は,この地位の発生の根拠とされるべきではない。なぜなら,(ア)先行行為は多くの場合過失犯,結果的加重犯として処罰されるので,更に不作為犯の成立を認めることは二重処罰に当たるほか,(イ)この類型における支配領域性は具体的状況により左右されやすく,不作為者の立場は極めて不安定であり,法的安定性を欠く結果になるからである。
4)では,このような作為義務の体系的位置づけはどこになされるべきだろうか。
 この点
(A)違法性の段階で考慮する見解が存在する。作為義務の有無については,実質的規範的判断が含まれるので,形式的判断が望まれる構成要件の段階に位置付けるべきではないというのである。しかし,この見解では,構成強権的結果と因果関係を有するすべての不作為が構成要件に該当することになり,構成要件の犯罪個別化機能と違法性推定機能が没却されることになってしまう。
 したがって
(B)作為義務は不作為犯の実行行為性の問題として構成要件に位置付けられるべきである(統合説)。
 なお,この二つの見解を止揚する立場として
(C)作為義務の内容を形式的な保障人的地位と実質的な保障人的義務に分離させ,前者は構成要件,後者は違法性で検討する見解も存在する(二分説)。しかし,(ア)保障人的地位は保障人的義務を検討しなければ認め得ないものであり,両者は分離できるものではない。また,(イ)この見解は,構成要件該当性は形式的判断であることを前提とするものであるが,そもそも構成要件自体実質的に判断すべきものである。なぜなら,刑法規範は第一義的には裁判規範であり,裁判官の認定の尺度として犯罪個別化機能を実質的に果たさなければならないほか,形式的に構成要件がいとう性を判断した後,可罰的違法性がないとして犯罪不成立とするような無意味な要件を重ねることは,犯罪論を過度に複雑化し,認定の道具として使いにくいものにしてしまうからである。
5)最後に作為義務の錯誤について検討する。
 作為義務の錯誤には,二種類あるとされる。
 一つは,(ア)作為義務が認められる事実に関する錯誤である。
 もう一つは,(イ)前記事実を知りながら,自分には作為義務はないと錯誤する場合である。
 たとえば,おぼれかけた子供を容易に助けられた父親が救助しなかった場合,「自分の子供ではない」と思っている場合が,(ア)の錯誤となり,「自分の子供だが,助ける必要はない。」と思った場合である。
 作為義務の体系的位置づけに関する二分説の利点は,この問題について,妥当な解決をなしうる点にあるとされる。すなわち,(ア)の錯誤は,保障人的地位という構成要件の錯誤であるから,故意を阻却し,(イ)の錯誤は,保障人的義務という違法性の錯誤であるから,故意犯の成立は認められないとするのである。
 しかし,この結論は,二分説を採らずとも,一般の故意論で対応することが可能である。
 すなわち,故意の認識対象は,国民の規範意識に基づく非難可能性という観点と故意の犯罪個別化機能の観点から「一般人が当該犯罪類型の違法性を認識しうる程度の犯罪事実」と定義される。そして,(ア)の錯誤の場合は,不作為の殺人罪の実行行為性の認識を欠くので,故意が阻却される。一方,(イ)の錯誤の場合は,父親は作為義務が認められるべき事実を認識しており,当該事実を認識すれば,一般人は,不作為の殺人罪の違法性を認識しうるのであるから,故意責任が認められるのである。
 それ故,この問題を解決するために,二分説をとる必要はなく,また,保障人的義務と保障人的地位が故意責任という観点から分類されていない以上,不都合な帰結がもたらされる可能性があり,二分説を採るべきではない。
 作為義務の錯誤については,私見のような処理が妥当である。
□裁判例
1 食物不給付
 法律又は契約による養育義務者が殺意を持って,被養育者の生存に必要な食物を給付せず死亡させたときは,殺人罪が成立する(大判大4年2月10日刑録21−90)。
2 医療不給付
 被害者の全生活面を統御していた者が,自らの負わせた傷害のため死の危険があるほどに被害者の病状が悪化していたのに,自宅にあった薬品を投与しただけで医師に適切な医療措置を講じさせることなく被害者を死亡させたときは,殺人罪が成立する(東京地八王子支判昭57年2月22日判タ494−142)。
3 ひき逃げ
1)車で人を轢き重傷を負わせたので,病院に運ぼうとしたが,発覚した場合を考えると怖くなり,捨て場所を探している内に被害者が車内で死亡した事案につき,行為者の殺意の存在を重視して,殺人罪の成立を認めたものとして,東京地判昭40.9.30下刑集7-9-1828)。
2)交通事故で重傷を負い道路沿いの水深約50cmの川中に転落した被害者を放置,逃走しても,死亡の蓋然性が高度とは言えず被告人がその認識を有してもいない区を利用するときは未必的殺意がなく,殺人罪は成立しない(岐阜地大垣支判昭42年10月3日下刑集9−10−1303)。
4 放火
1)喧嘩格闘中に相手の投げた燃えさしから自宅庭内のわらに火がついた場合,法律上消化の義務を負い容易に消化が可能であるのに既発の火力を利用する意思でこれを放置することは,放火行為に当たる(大判大7年12月18日刑録24−1558)。
2)神棚のろうそくが傾き自宅を焼損するに至る危険があることを認識しながら,既発の火力を利用する意思でそのまま外出することは放火行為に当たる(大判昭13年3月11日刑集17−237)。
3)残業中自己の過失行為により机等を焼損させ,放置すれば建物を焼損するに至ることを認めた者は消化義務を負い,建物の焼損を認容する意思で敢えて消化しないことは放火行為に当たる(最判昭33年9月9日刑集12−13−2882)。
5 詐欺
 準禁治産者であることを黙秘して能力者であるかのごとく誤信させ貸与名下に財物を交付させた場合,準禁治産者であると知れば相手方が取引をしなかったであろうときは詐欺罪が成立する(大判大7年7月17日刑録24−939)。

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