(正当行為)
第35条
 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

□法令行為
1 警察活動
(1)裁判例
 警察官が警察法2条1項に基づき犯罪捜査の必要上写真を撮影する際,その対象の中に犯人のみならず第三者である個人の容貌等が含まれていても,現に犯罪が行われ又はその直後と認められる場合でも,証拠保全の必要性,緊急性があり,撮影が相当な方法をもって行われるなら,憲法13条,35条に違反しない(最大判昭44年12月24日刑集23−12−1625)。
2 現行犯逮捕
 外形的には現行犯人の逮捕であっても,違法な目的のための手段として利用される場合には,違法性は阻却されない。したがって,被逮捕者が現行犯人であっても,逮捕者が,これを検察官または司法警察職員に引き渡す考えがなく,同人を逮捕して脅迫し,場合によっては金員を喝取できるかも知れない,という気持ちから逮捕したときは,現行犯人逮捕としての違法性を阻却しない(仙台高判昭26.2.12特報22-6,大コメ(2)217頁)。
 現行犯人を逮捕するにあたって,犯人から抵抗を受けた場合に許されるべき実力の行使について,判例(最判昭50.4.3刑集29-4-132)は,現行犯人から抵抗を受けたときには,逮捕しようとする者は,警察官であると私人であるとを問わず,その際の状況から見て,社会通念上,逮捕のために必要かつ相当と認められる限度内の実力を行使することが許され,たとえ,その実力の行使が,刑罰法令に触れることがあるにしても,刑法35条によって罰せられないという。
 したがって,立川市議会議員である被告人が,自衛隊立川基地移駐反対の運動に抗議するため,立川市役所に詰めかけた約30名の右翼学生が,立て看板を破壊したことからその3〜4分後,現場において,学生等のリーダーと認められた被害者に抗議したところ,かえって,同人から突きかかられたので,これに憤激するとともに,捕まえてやれ,という気持ちになり,とっさに,その顔面を右手拳で1回殴打し,右手で同人の襟首をつかみ,これを振りほどこうとする同人と取り組んで相争い,倒れた同人を押しつけるなどの暴行を加え,全治約3週間を要する顔面挫傷等の傷害を負わせても,これは,現行犯人を逮捕するためにした,必要かつ相当な範囲のものであった,と認められて,刑法35条により罪とならないとされた(東京高判昭51.11.8判時836-124)。
 被告人が,午後11時50分頃,部屋に不法侵入した犯人を現行犯逮捕したが,以前にも窃盗の被害を受けたことがあったために,これを追及し,被害を弁償されるのが得策であると考え,同人をガウンの紐でしばり,さらに,後ろ手に両手錠をかけて追及し,翌日の午前8時頃まで同室に監禁した行為については,正当行為あるいは社会的相当行為として違法性が阻却される余地はない(東京高判昭55.10.7刑裁月報12-10-1101)。
3 教師の懲戒行為
(1)裁判例
 学校教育法11条に照らすなら,教員の生徒に対する殴打は懲戒行為としてする場合でも暴行罪の違法性を阻却しない(大阪高判昭30年5月16日高刑集8−4−545)。
 教師が生徒の言動の非を指摘し,同人の自覚を促すため,平手及び軽く握った拳で同人の頭を数回軽く叩くという程度の有形力の行使は学校教育法11条により教師に認められた正当な懲戒権の行使として許容された限度内の行為である(東京高判昭56年4月1日刑裁月報13−4=5−341)。
□正当業務行為
1 医療行為
(1)裁判例
 被告人の行ったいわゆる性転換手術はいまだに正当な医療行為と認めることができず,優生保護法(現在の母体保護法)違反の罪が成立する(東京高判昭45年11月11日高刑集23−4−759)。
2 弁護活動
(1)裁判例
 弁護人が被告人の利益を擁護するためにした行為が本条の適用を受けるためには,それが弁護活動のために行われたものであるだけでは足りず,行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮して,それが法秩序全体の見地から許容されるべきものと認められなければならず,その判断に際しては,法令上の根拠を持つ職務活動が,弁護目的達成との間に関連性があるか,被告人自身が行った場合に違法阻却が認められるかという諸点を考慮に容れるのが相当である(最決昭51年3月23日刑集30−2−229)
3 取材活動
(1)裁判例
 報道機関が取材の目的で公務員に秘密漏示を唆しただけで違法性が推定されるものではなく,真に報道の目的から出たもので,その手段・方法が法秩序全体の精神に照らして相当なものとして社会観念上是認されるものであれば正当な業務行為として違法性を欠くが,取材の手段・方法が刑罰法令に触れなくとも,本件のように肉体関係を持つなどして依頼を拒み難い心理状態に陥れ秘密文書を持ち出させるような取材対象者の人格の尊厳を著しく蹂躙するような態様のものである場合には,正当な取材行為の範囲を逸脱し違法案ものである(最決昭53年5月31日刑集32−3−457〔外務省秘密漏洩事件〕)。
4 宗教活動
(1)裁判例
 教会の牧師が,刑罰法令に触れる行為を犯しながら救済を求めてきた少年に対し,牧師として対処し,自己省察をさせるため監督と指導に適当な教会に一週間程度隔離した本件行為は,手段方法においても相当であり,全体とsちえの法秩序の理念にも反せず正当な業務行為として違法性を阻却される(神戸簡裁昭50年2月20日刑裁月報7−2−104)。

□争議行為
1 違法性阻却の基準
 裁判例
1)争議行為の正当性の限界は,もろもろの一般的基本的人権と労働者の権利の調和点に求められ,またいかなる争議行為が正当化否かは具体的に当該葬儀の目的と争議手段たる各個の行為との両面につき現行法秩序全体との関連において決すべきものである(最大判昭25年11月15日刑集4−11−2257)。
2)争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為の刑法上の違法阻却の有無に当たっては,その行為が争議行為に際して行われたものであるという事実をも含めて,当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ,それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない(最大判昭48年4月25日刑集27−3−418)。
3)争議に際し,他組合の組合員を警備員による妨害の及ばないところで瀬得するためになした本件逮捕行為は,法秩序全体の見地からみると,その「動機目的,所為の具体的態様,周囲の客観状況,その他諸般の事情に照らしても」容認されるべきピケッティングの合理的限界を超えたもので刑法上の違法性に欠けるところはない(最判昭50年11月25日刑集29−10―928)。
2 争議行為の目的
 労働組合法1条2項は,労働組合法制定の目的達成のためになした正当の行為についてのみ適用され,団交において暴行罪脅迫罪に当たる行為が行われた場合のすべてに本条を適用する趣旨ではない(最大判昭24年5月18日刑集3−6―772)。
 使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係があるとはいえない警察官職務執行法の改正に対する反対のような政治目的のために争議行為を行うがごときは,憲法28条の保障とは無関係である(最大判昭48年4月25日刑集27−4−547〔全農林警職法事件〕)。
3 争議行為の態様
1)生産管理
 私有財産の基幹を揺るがすような争議手段は許されず,債務不履行にすぎない同盟罷業の場合と異なり,企業経営の権能を権利者の意思を排除して非権利者が行うような生産管理及び生産管理中の行為はすべて当然に正当行為であるということはできない(最大判昭25年11月15日4−11−2257)。
2)ピケッティング
 ピケッティングは,諸般の事情からみて正当な範囲を逸脱すれば,威力業務妨害罪が成立する(最大判昭33年5月28日刑集12−8−1694)。
 約40名の組合員が,市電の前に立ちふさがり出庫を阻止して業務を妨害したとしても,その行為が,市当局の不当な団交拒否などの不誠実な姿勢に対処しやむなくなされたスト中に,その実効性を失うのを防ぐ目的で,30分程度,直接暴力に訴えることもなく,乗客のいない車庫内でなされたものであるときは正当な行為である(最決昭45年6月23日刑集24−6−311〔札幌市電事件〕)。
4 公務員の争議行為
(1)国家公務員
 国家公務員法110条1項7号の罰則が違法性の強い争議行為を違法性の強い行為であおるなどした場合にのみ適用されるという全司法仙台事件判決(最大判昭44年4月2日刑集23−5−685)の解釈は採り得ない。
 公務員の団体行動のうち単なる規律違反の実質しか有しないものについては,その扇動等の行為は右罰則の構成要件に該当しないし,また該当することが合っても法秩序全体の精神に照らし違法性を阻却されることがある(最大判昭48年4月25日刑集27−4−547)。
(2)地方公務員
 地方公務員法61条4号の罰則が違法性の強い争議行為を違法性の強い行為であおるなどした場合にのみ適用されるとい都教組事件判決の解釈は採り得ない(最大判昭51年5月21日刑集30−5−1178〔岩教祖事件〕)。

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