弍萬打記念×終戦記念微糖短編





「う、そやろ……?」


「嘘じゃなかと」



「もっと早う言うてくれてもええやんか…」


「言ったら泣くばい」




千歳の困ったような笑い顔



この表情すら見れないのか




「やっぱり泣いた」



愛しそうに俺を見るこの表情も



「お国のためたい、必ず帰ってくる」


憂いを帯びたこの表情も







国は、


奪うというのやろうか





「泣かん。待っとるから…」



ぶっきらぼうに放ったその一言が俺の限界で



ぎゅっと抱き締めてくれる千歳に涙がさらに溢れかけた。




「はよ…行きや……っ」


駄目だ泣く

こんなみっともない姿見せたくない




「ほなな、」


彼が初めて発した関西弁が別れの言葉になるなんて、なんて皮肉なんだろう。



「、蔵」


初めて呼ばれるその名が最後の様で




自分と彼を阻む扉に拳をあてて




ただただ、涙した。




こんな姿、アイツには見せられへん







けど








止まらへん






笑おうっていくら思うても


ひきつってまうねん。






今日は8月12日。

長崎と広島に原爆まで落とされた日本はどうなるのだろうか。



────────────





千歳が出撃してから三日経った



なぜ、お上の言葉を聞かなアカンのやろう


なぜ、日本は降伏したんやろう




なぜ、千歳は出撃したのやろう














なぁ、



神 風 特 攻 隊 ?


人 間 魚 雷 っ て な ん や ね ん




人間を重り代わりにするなんて
どういう了見や。





アイツの、千歳の生死もわからんまま







月日はどんどん過ぎていってしまう。







降伏した日本が抱える問題は山積みで


アメリカから指導者もぎょうさんやってきよった。


改革やら何やら立て続けに起きて。



めまぐるしく季節が変わっていく。





────────





「…」



もう三十路越えか、なんてらしくもない溜息をつく。




ようやくやって来れたのは


彼の故郷でもある九州。




「あかん、せっかく書いてもろた地図無くしてもうた……」


彼と共に<九州二翼>と呼ばれた知人に書いてもらった地図が無い。



何も出来ないとひとりごちた。




道行く人の方言はやはり彼と同じ。



だんだん、悲しくなってきた。




「お兄さん、何しとるばい」


途方に暮れる俺の肩にかかる手と声



何故だか胸が苦しくて、俺は俯いたまま首を横に振った。




「待ち人…か」



肩から離れていく手の平




触れられた肩が、何故か懐かしさに溢れていた。




「俺も人を待たせてるたい。お兄さんの待ち人ってどんな人と?」



「めっちゃ阿呆で……何十年も人を待たすような奴で、ほんで………」


目の前が霞み始める。
泣くつもりなんて無いのに。





「ほんまに…好きやねん」





言い切った瞬間、大好きな香りに包まれた。



「ごめん」



それは間違う事のあるはずのない彼の香りで。




「待たせて……ごめん」




俺に問い掛けてきたのは、間違う事の無い彼自身で。




「どんな顔して会いに行けばいいか分からんばい。気付いたらこんな年たい、忘れてると思っとった」




忘れる訳ないやん。




「…ずっと待っとった」


「うん」


「…連絡、無いから」


「うん」


「…死んでしもたかと思った」


「うん」


「…いてもたってもいられへんくて、今日やっとここまで来たんや」




そこまで言うと、あの日のように彼は俺を抱き締めた。

やっぱりあの困った顔をして。





「これからもう何処さも行かん。また一緒にいてくれんかね?」



耳元で囁く彼の表情は見えない。




そんな彼を抱き返す。



「ほんまに?もし何処かへ行ったら俺は絶対に許さへんで」




呟くように言った言葉は彼に、千歳に届いていて。




ぎゅ、と力の入る腕に俺は小さく涙した。





その温もりは
(生きていくのに必要で)
(たった一言の"好き")
(その言葉が生きる支えだった)




「……なんで生きて帰ってこれたん?」



「途中で怪我したたい。軽い治療中に出撃停止のお達しがきたんばい」



「ハハッ…難儀やな」



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2万Hitsありがとうございました!
これからもよろしくお願いします。


榊原 澪


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