ハイキュー!!
□目は口ほどにものを言う8
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「みょうじさん!」
「あ、同じ委員会の。」
「うん。ちょっと、いいかな?」
「う、うん。」
朝、昇降口で隣の隣のクラスの男の子に腕を掴まれた。
あの、手紙の男の子だ。
有無を言わせず引かれる力にうまく抗えないまま、廊下を引きずられるように進んでいく。いく先は青城名物告白の渡り廊下へと誘われた。
渡り廊下に差し掛かり、男の子がピタリと歩みを止めて振り返った。
「あの、ここまでくれば分かると思うけど、みょうじさんのこと好きなんだ。付き合ってください。」
ストレートに告白っぽい告白を受けたのは初めてだった。
真っ直ぐ見つめられる。
真剣な眼差しに戸惑う。
手紙をもらってまさかとは思っていたし、友達に言われたから、もしかしたらなんて想像したけど、現実になるとどうすればいいか分からなくなった。
「えっと、あの、私、ゎ…私は、国見と別れたばっかで、その…。」
こういう時、なんて返せばいい?
初恋を強制終了させて日が浅いのに次になんてまだ進めるはずもなくて。
でもそんな理由で相手の真剣な気持ちを不意にするようなことを言ってはダメなんだけど、正しい告白の断り方なんて、知らない。
プチパニック中の私をよそに、目の前の男の子は私を抱き寄せた。
知らない香りが鼻を抜ける。
何?
怖い。
身体が震える。
抵抗するが、所詮女の力では叶わない。
「俺が、国見なんかよりも幸せにするから。
…それに、国見だって、ほら。」
耳元で囁かれた言葉に力が抜ける。
男の子の肩越しに見えたのは、国見と女の子が抱き合ってるシーン。
時間が、スローモーションのようにゆっくりと、ゆっくりと動く。
そして、国見と目があった。
胸をギュッと握りつぶされているような感覚が襲う。
男の子を突き飛ばして私は走った。
逃げて逃げて逃げて。
たどり着いたのは屋上だった。
朝の屋上には誰もおらず、貸切状態だった。
誰も居ないことに安心したら、目から涙がドバドバと出てきた。大声をあげて泣いた。びっくりした。驚いた。ショックだった。悲しかった。
私は、私はあんな風に、国見に抱きしめられたことなんかなかった。
悔しい。辛い。苦しい。
嫌だった。あんなの見たくなかった。見なきゃ良かった。でも見てしまった。相手の女の子は彼女かな?いいな。私ももっと素直になれたら、そしたら、抱きしめられていたのは私でしたか?
嫌だよ。
苦しいよ。
涙が止まらないよ。
助けて。
「なまえ?今すごい勢いで走ってこなかった?
…どうしたの?ねぇ!なまえ!」
泣きじゃくる私を同じクラスの友人がたまたま見つけてくれた。
彼女の胸を借りて、またたくさん泣いた。
自分でもびっくりするくらいいっぱいいっぱい泣いた。
泣いても泣いても胸に残る、息をし辛くさせている心の空洞が痛い。
ぽっかり空いたただの穴の筈が、こんなにも胸を締め付けて、呼吸を浅くさせる。
あー
もうだめだ。
しんどい。
好きにならなきゃ良かった。
好きにならなきゃ良かった。
好きにならなきゃ、こんな、こんな気持ち知らなかった。
苦しい。
苦しいよ!!
これが、初めての失恋でした。
目は口ほどに物を言う
「落ち着いた?」
「うん。ごめん。」
「教室行けそう?」
「…っ、まだっ、ムりぃっ…なみだ、とまん、なぃ。」
「ん。わかった。とりあえず保健室行こっか。」
「…ぅ…ん。」
よろける身体を支えられ、保健室に行った。
胸のモヤモヤが気持ち悪くて吐き気さえおぼえる。
視界はグラグラと揺れたままで、思考回路は嫌悪感しか認識して居ない。
息をするのも億劫で腹立たしい。
呼吸一つで、苦しみで、先ほどの光景がフラッシュバックして、目がチカチカする。
国見は、笑っていた。
私だけに向けられていたはずの笑顔で、彼女に笑いかけていた。
その事実が、どうしても耐え難くて逃げた。
その笑顔も、その腕の中も、全部全部私だけに用意された場所だったのに。
自ら手放した場所に、ただ後悔しかない。
自ら課した罪をどうしたら払拭出来るのだろうか。
保健室のベッドで少し横になり、天井を眺める。
白い壁紙に浄化されるように、ただ無心になり、天井を眺める。
空気清浄機の稼働音だけが部屋を支配していた。
泣き疲れて重たくなった瞼に促されるように目を閉じると、やっと深く呼吸が出来るようになって、意識が遠のいた。
「なまえ。大丈夫?」
揺り起こされ、瞼が自然に上がる。
先ほどよりも幾分かスッキリしていた。
それでも、軽い頭痛のような気だるさは残っていた。
「大丈夫。」
「次体育なんだけど、出れそう?」
「うん。大丈夫。」
「じゃあ一緒に行こう!」
頷くと、差し出された手から自分の体操着を受け取り更衣室へと向かう。
保険医からは無理せず見学するようにと言われた。
「今日は他のクラスと合同でバレーボールだって。」
「そっか。流れ弾に注意しなきゃね!」
「なまえは自ら当りに行きそうだよね。」
「そんなにどんくさくないよ!!」
他愛ない会話に癒やされ、少しずつ笑顔を取り戻して行く。
クラスメイトの輪に入ればいつも通りの自分に戻っていた。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
何度も心の中で繰り返す。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
国見の視線にも気づかないフリ。
今はそっとしておいて。
「みょうじさん!」
「ぁ。朝の…。」
「うん。いきなりだったし、俺のことよく知らないでしょ?返事、待ってるから考えてみて?」
「でも、「今はダメでも、今後どうなるかわからないでしょ?だから、返事今じゃなくていいから。」
…分かった。」
私の了承の言葉に男の子は満足げにクラスメイト達のところへ戻って行った。
彼を利用して、国見への気持ちを断ち切るのも一つの手段かもしれない。
彼を好きになれるだろうか?
「はーい。今日は先生達の都合で他のクラスと合同な。バレーボールだからすぐ準備しろー!」
体格のいい体育教師が授業の開始を知らせた。
「みょうじは体調大丈夫か?お前は無理せず見学でいいからな。」
「はい。ありがとうございます。」
保険医から連絡があったのだろう、気遣いの言葉に一安心する。
体育館の壁際。
自分のクラスのコート側。
自分のジャージを膝掛けがわりにして足を抱えて座る。
重たい頭に逆らえず、額を抱えた両膝にのせてうつむく。
深いため息が出る。
鬱憤。
下を向くとまた涙が出そうだった。
「なまえ!危ない!!!」
驚いて顔を上げようとしたが、刹那に感じた衝撃で目の前は真っ暗なまま、意識が沈んで行った。
(20141123)