ハイキュー!!
□目は口ほどにものを言う3
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掴もうとして伸ばした手は
何もつかめずに空を切った
目は口ほどに物を言う3
追いかけようと思った。
でも足が動かない。
別れるって、言った、のか?なまえは?
動揺する。
なまえの手をつかめずに、離れて行く後ろ姿に目がそらせなかった。
もう後ろ姿さえ捕らえられなくなって、やっと、事の重大さに気づかされる。
ただ、自分の手を見つめ、あざ笑うかのようにすり抜けていったなまえを、遠く感じていた。
教室に戻ればいつものように笑うなまえがいて、内心ホッとする。
もしかしたら、先程の言葉も売り言葉に買い言葉で本心とは異なるのかもしれない。
淡い期待は、すぐに打ち消されることになる。
目が、合わない。
授業が始まってからずっと、隣の席を眺めているのに、一度もだ。
いつもなら、ときどきこちらの様子を伺い、少し困った顔で笑うのだ。
授業ちゃんと受けなよって。
真面目に起きてるときは心配そうだけど、嬉しそうに微笑む。
その自分だけに向けられる表情が見たくて、俺はときどき狸寝入りするのに、全く気付いてないから、真剣になまえに怒られたりして、そんな、小さな幸せが訪れないのかと思うと、心に冷たい空気が押し寄せてくる。
いやだ。
絶対に。
何年、この日々を待ち望んでいたと思っているんだ。
なまえのことは中学に入ってわりとすぐに知った。
影山という部活のチームメイトにまつわる噂で。
影山は否定しているが、可愛い彼女がいるらしい、と。
及川さんに弄られながら、「ただの幼馴染です!!」と叫んでいる影山を静観していた。
そのときは、単純にどんな子なのだろうか?と、あの、影山の彼女だ。怖いもの見たさみたいな好奇心を抱いた。
すぐになまえの姿を見ることができた。
ある日。
部活が終わり、片付け、帰宅準備に取り掛かる生徒達。ガヤガヤとした雑音が体育館内に響く中で、透き通るような声が騒音を切り裂くように響いた。
「飛雄、一緒に帰ろう。」
「おう!」
いつまでもバレーボールを触り続けていた影山がすんなりとボールを片付けて、声の発信された方に駆け寄った。
「何々?あれが噂の彼女ちゃん、かな?」
「手、出すんじゃねぇーぞ?クソ川。」
「ひどい、岩ちゃん!そんなことしないよ!」
いつの間にか近くにいた先輩方の会話を聞きながら、影山達の方にみんな意識が集中しているのがわかった。
可愛らしい声の主は、どんな子なのだろうと、一目見たくて。
なまえと2、3言葉を交わして影山はこちらを向いた。
「お先に失礼します。」
そう言って頭を下げた時に、一緒にぺこりと頭を下げて微笑んだなまえに、多分、その場にいた全員がなまえを可愛いと思った。
俺も例外なく、フツーに可愛い子だなと、その時はそれだけだった。
その子はみょうじなまえと言って、学年でもまぁ可愛い方に位置していて、わりと人気があるらしい。けれど、影山の幼馴染という情報が、幸か不幸か牽制になっているようで本人はモテるのを自覚して居ないらしい。
クラスでも真面目で積極的に奉仕する姿に誰もが好印象を持っていた。唯一、鈍臭いのがコンプレックスであり欠点であるのが嫌らしい。
なまえにまつわる小さな噂話に興味のない振りをしながら、聞き流しているように見せながら、しっかりとインプットしていった。
影山となまえの仲の良さは目立っていた。
幼馴染と言えば聞こえはいいが、兄妹のようで、恋人のようにも見えた。
他人には入れない2人だけの距離感と空気。
穏やかで柔らかい雰囲気は、2人だけの世界のようだった。
影山ってあんな顔もするんだ。
バレー以外で表情を崩すことはないと思っていたが、なまえと話をしている時は表情豊かだ。
まれに昼休みは2人でバレーしたり、テスト前はなまえが影山の勉強みたり、クラスは違えど学内で会えば談笑していた。
いつの間にか、影山を羨ましく思っていた。
家が近いのか、2人はよく一緒に帰っていた。
なまえのが先に終わるため、体育館の前で影山を待っていた。
本を読みながら、時々なかを覗いていた。
声を掛ける時は「遅い!早く!」と急かした。
でも、影山が自主練を始めても静かに見守って、気が済む頃にちょうどよく声をかけていた。
開口一番に影山が一方的にバレーの話をし続けるのに対し、なまえは相槌を打ちながら楽しそうに聞いていた。
胸の奥でチリチリと燃えて焦げ付く思いがあった。
羨望と嫉妬。
「なまえちゃーん!」
「げ。チャラ川センパイ!?ヒーッ!こないでーー!」
「え!?ヒロインちゃーん!」
「こら!クソ及川!」
いつの間にか及川さんに好かれて追いかけ回されたり、岩泉さんに庇われて大丈夫か?って聞かれて、頭を撫でられて、頬を赤く染めていた。
先を越された気がした。
いつものように体育館の前で待つなまえに声をかけてみた。
「影山ならまだ練習してるよ?」
きれいなアーモンド型の目がふたつ、確実に自分をとらえて見つめ返していた。
瞳に自分の姿が写っている、それだけで胸がドキドキと急かした。
「知ってるよ。飛雄は…影山っていつも自分のペースで相手のこと顧みないから、大変だよね?チームメイトも。」
あー、普段は名前で呼んでいるんだ。とか、影山のこと、本当によく知ってるんだ。とか、クスクスと自分ではない影山を思い浮かべて微笑む姿のいじらしさとか、色んなものがグルグルと渦巻いて、黒の塊が形成される。
「あ、なまえ!来たなら声かけろよ!」
「うん、ごめん!もう帰れる?」
「お前きたし、今日はもう帰る。」
「わかった!」
そっか、今日も影山と帰るのか。とぼんやりと考えていると、影山に向いていた目が、再び自分に向けられる。
「じゃあね、えーっと…」
「国見 英。国見でいいよ、みょうじさん。」
「じゃあ国見くん、バイバイ!」
自分のためだけに発せられた声、笑顔、バイバイと振られた手。じんわりと、胸の黒い塊を溶かしていくように暖かい気持ちになる。
あー、好きなんだ。
なまえのことが、好きなんだ。
淡くて霞んでいた気持ちは、はっきり縁取られて誤魔化しがきかないくらいに自覚する。
それから影山のチームメイトから、2年の時は同じクラスメイト、3年では仲のいい友達へと徐々に距離を詰めていった。
誰かと積極的に関わらない俺が、なまえには声を掛けるため、周囲にはこの気持ちはバレバレだった。
隠すつもりもなかったし、それは別に良かった。
なまえは鈍感で俺の気持ちに気づくこともなかった。
国見くんから国見って呼ばれるようになって、俺はみょうじさんからみょうじって呼ぶようになって、距離は近づいたはずだった。
授業が終わり、なまえに声をかけようとするが直ぐに席を立って何処かへいってしまった。
今追いかけても、逆効果なのかもしれない。
そんな悠長に構えていた自分を、後で呪うことになろうとは、思っても居なかった。
「じゃあそろそろ席替えするな!」
業後の15分で席替えをすると担任が言い出した。
なまえと隣の席なのは今日までだった。
俺はなまえが座っていた席に移動しただけだったが、なまえは廊下側の前から二つ目の席。
窓際の最後列の俺とはだいぶ遠くなってしまった。
まるで、2人の距離の遠さを物語るように隔てられた距離を感じさせられる。
なんとか今日中に言葉を交わさないと。
ごめんっていわないと、戻れない気がした。
「なまえは?」
「なんか、予定あるって言ってさっき帰ったよ」
「ありがとう。」
なまえの隣の席の奴に声をかければすでに帰宅したと言う。
急いで追いかけるが、下駄箱にはすでに靴はなかった。
ため息が漏れる。
頼むから、
俺から離れて行かないで。
もう君を欠いた日常には、耐えられないんだ。
(20141030)