みんしょん3
□俺に奇蹟が起こせたら。
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横を通りすぎた自転車に、まだ心が揺れる。
アイツが俺の前からいなくなってもうすぐ一年経つってのに。
どうしても、頭から離れてくれない。
好きだと告られた時、愛想笑いでごまかした俺に、必死な顔して迫ってきたアイツはどこにいるのか…。
少し背伸びしてかすかに触れた感触に驚いて後退りした俺が勢い余って尻餅ついたら、小さな目を細めて笑われた。
キッとアイツを睨んだけど、ほんとはただどうしていいのか分からなかっただけなんだ。
皮膚に残った感触がやけに強烈で、そこに心臓があるみたいでさ。
「お前が好きだ」
そう言われる度にくすぐったくて、笑うしかなかった。
不思議と嫌な気はしなかった
男同士って事も。
いつも隣にいるのが当たり前。周りの奴らも、もちろん俺自身だって、このまま時を過ごしていくもんだって思ってた。
アイツに押し切られる形で、今の家にだって引っ越した。
猫の額ほどの僅かな庭が気に入って即決した俺達の城。
「花よりも、食えるもんがいいんじゃない?」
アイツの意見を尊重して植えた野菜の苗は、去年はそこそこ実を付けた。
でも今年は苗の代わりに雑草が元気に育ってる。
もともと出不精だった俺はアイツかいたから、外の世界を歩けた。
道しるべがなくちゃどこにも行けやしない。
そんな気分にもならない。
「ミヌ」
アイツの名前をそっと呼んでみた。
声が聴きたい。
アイツが俺を呼ぶ声をつい、探してしまう。
アイツからもう紡がれる事のない舌ったらずな声。
機械に繋がれた身体は、以前の逞しさからはほど遠いくらい痩せている。
じっとしている事が嫌いで、休みとなれば愛用の自転車にまたがって何処にでも出掛けていたのに、今は四角いベッドの上がアイツの世界。
爪も髪も髭だってあの頃と同じようにちゃんと伸びるのに、アイツの声は聞こえない。
すっかり色が白くなった肌は、アイツには似合わない。
たった一秒の違いが俺達2人をめちゃくちゃにした。
あの時家を一秒早く出ていたら…。
点滅し始めた信号を渡らなかったら…。
…俺なんかと出会わなかったら…。
俺に奇蹟が起こせたら、やり直したい人生がある。