捧物

□彼女までの方程式
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ぼくは今、高校受験を控えています。それで、その事を気にしてくれたのか何なのか…昔近所に住んでたお兄さんが、家庭教師の先生をやってくれる事になりました。今はもう社会人で、忙しい筈なのに合間を縫って来てくれます。その人はとっても素敵な人で、顔…合わせるだけで、ドキドキしちゃうんです。まともに、目が合わせられません。これって…変、なのかな?ねぇ、先生…胸が苦しいよ…。




『彼女までの方程式』




「アレン、手が止まってる」

テーブルの向かい側に座る少女の手が、シャーペンを握ったままの状態で停止していた。最近はどこか上の空で、勉強もあまり捗らない。

「あ…ごめんなさい…」

「…もう今日は止めとく?」

仮にも高校受験を控えた身で、この現状はマズイだろう…ティキはそう思った。アレンの成績は決して悪い方ではない。ないのだが、如何せん本人にやる気が感じられない。覚える気もない勉強を教えた所で、はっきり言って時間の無駄だろう。少し厳しい事を言っているのかもしれないが、こちらが来る度にこうでは教える気も失せてしまう。
何も言わない少女に溜息を一つ吐き、開いていた教科書を閉じた。

「…アレン、お前最近変だぞ。悩みでもあるの?」

コップに入れられたウーロンを飲んで、問い掛ける。途端、ぱっと上げられた愛らしいお顔には“どうして解ったの?”と書いてあった。琥珀の瞳が続きを促せば、観念したようにポツリと呟く。

「…ぼく、変なんです」

その言葉は何を指しているのか…不十分な説明に、ティキは頭を抱えた。

「変って?」

「先生と、こうしてるだけで…胸がドキドキして…。勉強に集中、出来ないんです…頭がいつも先生の事考えてるの…」

俯く瞳には涙で潤み、頬は真っ赤に上気している。柔らかそうな唇が紡ぐ言葉に、思わず瞠目した。そして、その感情の答えを知っている分、複雑な心境にさえなってしまう。仮にもこの子は教え子だ。年だって離れている…確かに昔よりも遥かに可愛くなっているのは解る、だが…と考えだした思考は止まらなかった。

「先生…ぼく、変…ですか…?」

恐る恐ると言った感じで、上目使い。元々可愛らしい顔をしたアレンがそれをすると、その破壊力は抜群で。

「…その顔は、反則だろ…」

これまで我慢していたモノとか、築き上げてきたモノとか…なけなしの理性と云う箍が一気に消し飛ぶ。今にも泣き出しそうな少女を引き寄せ、思いきり抱き締めた。

「せ、せんせ…?」

シトラスの香水が、ふわりと香る。肩と腰に回された逞しい腕が、離さないと云わんばかりにぎゅうぎゅうと締め付けていて…嬉しい、と。素直に思ってしまう。

「アレン…あんま可愛い事言わないの…」

「ふぇ…?」

訳が解らず顔を上げると、それを狙っていたかのようなタイミングで口付けられた。

「…ん、…ふぁ…ぅ…っ」

初めてのキスは、息苦しい。角度を変えては、何度も啄むようなバードキス。最後に唇を舐められて、キスからは開放された。けれども抱き締める腕は、未だに強いまま。酸素を補給する少女の真っ赤になった顔を、楽しそうに見詰めた。

「可愛いね…キスだけで、真っ赤になっちゃって」

「は、初めて…だったんですよ…っ」

「ふぅん…じゃあ、俺が始めての相手って訳だ。嬉しい?」

顔に掛かる髪の毛を払って、耳に掛けてやる。

「嬉しいです…先生…」

満面の笑顔が、花咲いた。

「…アレン、今日は俺の家に泊まりにきな?そこで、勉強みてあげる」

あまりに無邪気な笑顔は、汚したいという欲求を沸き起こす。

「はい…っ!!」

そんな黒い感情を知らない、純白の生き物。真っ新で清らかな、天使を…心の底から欲した。




○ ● ○ ● ○




「先生、一人暮らしなんですね」

車に乗って連れて来られたのは、それなりに設備の整ったマンションの最上階。綺麗に整頓された部屋は、照明器具の光が妖しく煌いていた。一人で暮らすには些(イササ)か広すぎるような気のする部屋は、生活感が丸で感じられない。

「まぁ、な。適当に座って」

適当に、と言われても…アレンは困ってしまった。この部屋の座るべき箇所が、解らないから。テーブルも無ければ、ソファも、クッションもない…最低限度の家具があるだけの、シンプルな部屋。辛うじて座れる箇所と言ったら、やはり…あそこだろうか…?
ベッドに淵に腰掛けると、マグカップを二つ持ったティキが戻ってきた。

「…言ってくれれば、クッション出したぜ?」

「あ、大丈夫です」

(俺が大丈夫じゃないんだけどなぁ…このお嬢さんは…)

そう言い思いつつも、ちゃっかりと隣に座る。目線を下げればスカートから覗く太股が見えて、更に上へ上へと視線を上げていく。

(顔は可愛いわ、スタイル良いわ…自覚あんのかねぇ…。目の前に虎視眈々と仔羊を狙う狼がいるってのに…)

「わぁ、マシュマロの入ったココアだぁ…」

美味しそうに飲むその姿は、あまりにも無防備だ。フー、フーと冷ましてゆっくりと唇を近づける。
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