短編

□間違い
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気付けばいつも彼が居た。
くだらないことで笑って怒って戦って(たまには殴り合いにもつれ込むこともあった、)それから泣いて、とにかくいつだって自分の横には彼が居た。

ある日の話。
クラスには何故か自分にばかり当たり散らして来る子が居た。その日も例外でなくて、美術の時間にふと横を見たら目の前に鈍く光る刃物があった。さすがに驚いて飛び退くと、視界に入る見慣れた姿。その右手には本来木を彫るのが目的なはずの彫刻刀が見えた。
先生がちょうど抜けている上に一番後ろの席。無言で近寄ってくるそいつ。じりじりと後ずさる自分。

「…なに」
「………死んでほしいからさ」

奴が据わった目をこちらに向けて、右腕を振り回しながら走ってきたのと、鈍くさい数人のクラスメイトがやっと気付いて叫んだのが同時。少し遅れてほぼクラス全体が危機を察知したのと、私の渾身の力を込めた拳が目標の左頬に入ったのが同時。

双方からの反動で思い切り後ろへ転んだ目標。綺麗に飛び散る赤。突き指した小指。
…………飛び散る赤。
赤。と、手から抜けて落ちた、刃先の濡れた彫刻刀。
…も、赤。
結論から言えばそれは私のえぐれた左肩の血だったのだけれど、きちんと認識出来たのは目の前の惨事を改めて見回して、それからクラスメイトが一気に集まってきた時。
左腕から胸近くにかけてまでの、白い制服のブラウスがぐっしょりと赤に染まっている。走る激痛。わらわらとあお向けに倒れたままの加害者を避けて出来る無能な人だかりを押し退け、顔だけ見たことがある先生が慌てて現れた。
そこで意識が切れた。


再び目が覚めたのは少なくとも夕方過ぎ、白い部屋。
人の気配を辿れば横向きの彼が居た。彼だけでなくて母と担任も居た。
もちろん皆が横向きに見えたのは私の体がベッドに横たえられていたからで、起き上がろうとして左腕に体重を掛けた瞬間、鋭い痛みと共に全部思い出した。
思わず歯をくいしばる。心配そうに近寄ろうとする三人を目で制止した。
少なくとも私は雍なんかじゃないはずだった。


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