〜中編〜

□朱に舞う鬼姫 <三章>
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一人、文机に向かっていた青年は、すぐ脇に積まれた数冊の書物を見てため息をついた。
あの子は辛いときも、苦しくても周りに悟らせるようなことはしない。

だから怖いのだ。

その笑顔の裏で、ぎりぎりまで自分を追い詰めていないだろうか、と。

数刻前に見た面差しは、わずかに疲労の色が出ていた。
倒れたりしてなければいいが。

目を閉じれば、静寂が痛いほど耳に響いた。

「おっと、考え事をしている場合ではなかった」

つい、いつものように追いかけてくる暦生がいないと、安心して別のことを考えてしまう。
いかんなぁと独りごちた青年は、不意に破られた静寂に眉を寄せた。

「……なんだ?」

形容しがたい不安が胸を満たす。
ざわりと毛が泡だち、鼓動が早まる。

焦燥に駆られた青年は、立ち上がり声のする方へと歩き出した。






陰陽寮のある一室。
落ち着いた風情で仕事を黙々としている壮年の男がいた。
燈台の炎が何かを報せるかのように、ゆらりと揺れる。
ふと顔を上げた吉昌は、微かに眉を寄せて半蔀から空を見上げた。

「……遅いな」

調査に行くと言って出て行った敏次。
同行に昌浩を連れて行くと言っていた。
上司として、また父親としてもとても喜ばしかった。

人知れず頑張っている昌浩だからこそ、表の評価を得るのは難しい。
だからこそ、今回の一件で少しでも昌浩の未来に光を指すことが出来れば、と思っている。

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