□小説
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甘ったるい臭いに吐き気がした。菓子で吐き気ってもしかしなくても初めてなんだけど何これ俺病気?責任取ってくれんの、ねえシズちゃん。
「きもちわるい…」
「お前実は相当馬鹿だろ」
開け放ったベランダから身を乗り出した状態で唸る。五月蝿いなぁ、もっと他に言うことあるだろ。恨みがましい視線を送るも効果の程は全くもって皆無。いかにも興味が無いといった風に依然として手と口をもくもくと動かしている彼、平和島の静雄君は世に言う甘党の類いの人間だった。それも、ちょっと引くぐらい極度の。そんなことは知りもせず、七割引の誘惑と出来心で買い占めた某2月14日の売れ残りを纏めて彼のアパートに送り付けた俺は単なる馬鹿か。最上の嫌がらせのつもりだったのに、ああ、なんて屈辱的。
「だってあの池袋の喧嘩人形が、あんなドス効いた声で吠える最強男がさぁ、チョコレート大好きとかそんなん想像できるわけないじゃん、絶対甘いものは食わねぇって女子からのプレゼント受け取らないタイプじゃん」
「…」
「ていうか俺、確実に段ボール3箱分は送った筈なんだけどなんでもう既にあらかた消化されてんのかな、シズちゃんって筋肉だけじゃなくて胃の強度も規格外なわけ?」
「…知らねぇよ」
バキンと大きな板チョコを噛み砕くシズちゃんが溜め息混じりの声を上げる。あーもう、やんなっちゃうねその態度。溜め息吐きたいのはこっちだって。窓開けても空気淀んだままだし、え、これもしかしてもう既に壁やら家具にまで染み付いてる?なんて考えただけでうんざりする。だからなんでまたそんな迷惑そうな顔するのさ。被害者は俺、わかる?
「なんかもう落ち込み過ぎて俺、シズちゃんが目の前でハート型チョコ食べてても全然楽しくないんですけど。写真撮ってやろうとかネタにしてやろうとかそういう意欲すら全然沸かないんですけどー」
「うぜぇ」
無駄口叩くくらいなら手前も食えよ。箱にきれいに並んだトリュフを押し付けられる。
「来ないでよチョコ魔神」
「突き落としてやろうか」
「俺シズちゃんと違って高い菓子しか食べないから」
「じゃあ尚更食え、食って死ね」
身体の半分が格子の外に押しやられた状態で、しつこく唇にあてがわれるチョコレートを仕方なく享受する。開いた口内に甘い個体と、ついでに指まで入ってきたから思い切り噛んでやった。あ、血の味。
「痛ぇ」
「あは、ごめんごめん。なんかつい条件反射ってい、む」
引き抜いた指の代わりに空気の逃げ場が無くなった。甘ったるくて鉄臭い。負けじと絡め取った舌は安いチョコレートの味がして、だから俺はもう一度彼の肉を食んだ。
ブランデーも無しに、…癖になるなあ。なんて吸血鬼思考な俺はたぶん少し狂ってる。



麻薬に似た何か




2010バレンタイン
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