コードブレーカー

□とりあえず久しぶり
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「へー。弟ねー」

右半身を断絶するかのように一直線に走った捜シ者の傷を何とは無しに眺めながら、人見は復唱した。見る者が見れば度肝を抜かれそうなツーショットだろうが、コードブレーカーコード01とコードシーカー、黒と白の長髪をそれぞれ誇る旧知の仲の二人は、片方がエデンの元を離れ各々の道を歩むと決めた今でもそれなりの親交があった。今回は、3日前エデンへの定時報告を最上階で済ませた人見がそのまま居着いたホテルでの会合。日本に帰国したばかりという捜シ者が、人見にどこか居心地のよくて女を連れ込める宿を紹介しろとメールしてきたので、あーうんじゃあこのホテルどうよ?と返信した結果だった。宿泊費以上の金を払えば宿泊客のすることに一々目くじらを立てず、それでいて高級ホテルさながらの客室を好み、人見は次の任務が入るまでと仮の宿としてこのホテルを選んだのである。きっと捜シ者も気に入るだろうと思っていたら、一時間前に「今すぐロビーに来い」とメールが入って、言葉通りロビーで見覚えのある姿を認めて今に至る。暫くの間日本を離れていたといったが、人見の目に捜シ者は何にも変わったところは見受けられなかった。捜シ者には。
癒えぬ傷痕と相俟って、元正義の執行人を生業にしていたとは到底思えぬほどの今の捜シ者の悪人面を、その理由と境遇を知っている人見は懐かしいと目を細め、些かの怯えもなく眺める。本当に、昔の品の良い美少年風だった物腰が見る影も無い。昔のお前のほうが好みだったのに、と嘆く人見の手にはほうじ茶入りの湯飲み、捜シ者と呼ばれるようになった男の手には安っぽい缶ビールがあって、双方気ままに喉を潤していた。

「はア? 馬鹿言うなカスお前の好みなんざ考慮できるかっつーんだ、気持ち悪りーぃ」
「だーれも君を見て欲情するなんか言ってないよー。願い下げだねー君みたいな性悪。私はもっと素直ないい子がタイプでね」
「気に入らねえ。おい、絶対こいつに手ェ出すなよ犯罪者」

こいつ、と捜シ者の指がさした人物。
人見から見た、久しぶりに会った捜シ者の、彼自身以外の変貌。
捜シ者が人見に開口一番に切り出した存在。弟。
それらの要素が指し示すのはたった一つに集約される。
二人の間にはもう一人、怪物達の饗宴に頓着せず寝入った少年がいた。
ホテルロビーの正対する形に配置された椅子に腰掛ける二人の間、床に直接、毛布を巻き付けた身体を胎児のように丸めている。
すうすうと静かな、だが穏やかな寝息が聞こえ、平和なそれに人見は思わず顔を和ませてしまう。しかし、捜シ者の言葉を聞き咎め、ん?と聞き返す。

「弟って言ったよね?」
「お前の欠陥だらけの身体で唯一耳は正常らしいな」
「妹じゃないよね。私にショタコンって部類の嗜好はないなあ」

ロリコンならばあるのかというやや呆れを含んだ捜シ者の追及に涼しい顔で口笛を奏で聞こえないふりをする人見。
改めて少年の寝顔を見つめる。その細面は、確かに過去の、コードシーカーであった時の捜シ者によく似ていた。しかも、寝顔判断だが当時の捜シ者より随分と素直そう。良い子そう。自然、人見の顔も綻ぶ。

「可愛いねー。しかし育てる相手が『今』の君じゃ、将来相当性格歪むだろーねこの子」
「お前にだきゃー言われたくねーよ、この昼行灯が」
「いや、私これでも現役正義の味方だし。君のような遅れてきた反抗期男とは一緒にしないでもらいたいなあ」

てかなに君ってブラコンだったのかい、と微笑む人見に捜シ者は渋面を見せる。

「だって君がホテルに連れ込んでるのって、現状見ると女性じゃなくこの子ってことじゃないの?」
「それはこいつが時差ぼけで、・・・、・・・・・・」

捜シ者は人見の爆笑によって己の失言に気づいたらしく、途中で言葉を切り大きく舌打ちする。我が意を得たりと人見は椅子の右にある小さなテーブルに湯飲みを置き、本格的に腹を抱えて笑う。存在しない者であるはずの二人だが、人並み以上の容姿を持つ男達がホテルのロビーで、かたや大笑いしかたや目を怒らせる様は、とても目立っていた。
そもそも人見が捜シ者に呼び出された理由を、人見は理解している。身を隠さねばならない彼をエデンに売らず、すぐに連絡が取れる相手で、医療関係の知識もそこそこあるというお誂え向きの人間。それが自分だからだ。
最初、ロビーのソファーに踏ん反り返って座る捜シ者と床に倒れる少年を見たときは死体の後始末でもさせる気かと思ったが、人見を見るなり偉そうな態度で少年を弟だと紹介したあと、こいつを治せと言い放った捜シ者。時差の激しい変化で体調を崩した少年の治療。
珍しい口上に、人見は少年の静かな寝息に一役買ってみたのだった。

「やっぱブラコンだねー。というかあれ君、変わってないと思ったけどちょっと見ない間にキャラ変わったのかな?」

それともあの極悪非道悪鬼羅刹を体言したあの捜シ者を骨抜きにするほど可愛いのかなあとうそぶく人見と顔をしかめる捜シ者の前で、少年が身じろぎした。とろとろとした動作で瞼を上げる。人見の目と合った。感情の鈍い人形のようなそれに、一瞬ぎくりとしてしまう人見。
しかし少年は、まるで彼が突然現れたように思えるだろうに人見のことなど意に介した様子もなく、捜シ者のほうを振り向く。そしてそこに兄の姿があることを確認して、強張っていた身体を弛緩させた。そのまま、再び床に倒れ込む。さすがに人見は、少年に何かあったのかと椅子から腰を浮かせて駆け寄ったが、少年は体調が急変したわけでもなく、至って普通に何事もなくまた穏やかな眠りについていただけだった。
捜シ者が自分のそばに居ることを確認して、安心したのだろう。
捜シ者が自分の前から消えるかもという恐怖は、この子の中では時差での苦しみよりも大きく、また、無条件に寝入ってしまうほどに捜シ者を信頼しているということ、なのだろう。
鬼畜外道の弟のくせに。
なんだか。

「・・・可愛いなあ」
「・・・おい、手は出さないんだろうな、犯罪者」
「んなこと言わないでー。お義兄さん」
「・・・今のうちに殺しとくかな、お前」


とりあえず捜シ者が戦闘面では足手まといでしかないだろうこの少年をいまだ手元に置いている理由は、わかった。

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