コードブレーカー

□お前は誰なんだ、と
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・存在感薄い大神君設定
・ナチュラルに桜ちょんが男体化








「桜小路、さっきの時間タッキーと言ってたんだけどさ、これでもう授業終わりじゃん。沖田とデカ杉の班は掃除だけど後で合流すりゃいいわけだし、今日帰りにどっか寄って帰らねえ?」
前田が体操着の襟口から髪を生やしたと思ったらそのままばっと上半身裸になり、見てて気持ちのいい笑顔でいつものように誘ってきた。
体操着から制服へと着替える合間のことで、意外にと言えば失礼だろうが引き締まった身体を晒しながら友人は「でもバスケ部の練習はどーしたのー補欠ちゃーん」とからかう武田に顔を赤らめ、うっせ今日は休みなの!と返す。前シュンの中でのバスケ部は週何回あるんですか逆に、と呆れ交じりに島津が突っ込む。デカ杉はあるんだよねーと巨体の上杉を見上げ、彼に肯定された沖田が笑った。
「すまないが、今日はちょっと予定があるのだ」
「えーまたかよぉ。最近付き合い悪いよなぁお前」
「す、すまん」
「予定って、家の?」
「仕方ねーべよ、桜小路はヒマを持て余していないんだ前シュンお前のように」
「うっせぇぇ。てーかお前もだろ!」
「そういうわけでは、ないのだが」
曖昧に濁してしまう。確かに遊びの誘いを断ることも、このようにフニャフニャした返事をすることも今だかつて、この気のいい友人達にしたことはなかったことだ。そうこの一ヶ月のうちに、今までではありえないことをいくつもいくつもしてきている。申し訳なかった。
「まあいいけどな、今度は絶対な!」
「だから前シュンはバスケ部行きなさいって」
「シャラーーップぅぅ!」
教室では担任の神田先生がホームルームを行おうと、自分達が着替え終えるのを今か今かと待ち構えているはずだ。早く着替えなければならないのにまだ上半身裸のままで寒くないのだろうかと前田を見て心配になる。武田もまだ最中だが、さっさと沖田達は身支度を整えて二人を待っている。早くしなよーと笑いながら急かす様は、暖かくて、ほかほかしていて、・・・一ヶ月前に見たものとは別世界に存在するかのようだった。
一ヶ月前というキーワードを受けて。
学ランを羽織るふりしてこっそりと、一人後ろで黙々と着替えていた少年を盗み見る。
まっすぐに流れる黒髪に物静かな雰囲気。左手の手袋だけが奇異に映るが基本的に目立たない外見で、学校でもほとんどしゃべらないこの少年――大神零と名乗る少年を。
自分にはやらねばならぬことがある。武田には悪いが、他のことをしているヒマはないのだった。
「あーッ」
するとその時、大神へ向かっていた視線を奪うような叫び声にも等しい声がした。
合同体育で一緒だった隣のクラスの少年が上げたのだ。彼自身はとっくに着替え終えていたが、何故か狂ったように体操ズボンをバサバサ漁っている。
自然とまだ更衣室に残っていた皆の意識がそちらに向いた。泣きそうな顔で彼は言う。
「指輪が無い!」
「は?」
「指輪?」
「どしたのーゴトー。カオ真っ青」
「カノジョとお揃いの指輪! 今日バスケだったから外して、ポケット入れといたんだ! 入れ、たのに・・・っ! 落とした!?」
「うわっ最悪ッ」
「なにやってんの?」
「カノジョがカワイソー」
咎める者、同情する者、茶化す者、囃し立てる者とそれぞれの反応は様々だったが、周りの雰囲気は全体的に、無いものはしょうがないのだから明日体育館を使うクラスが気づいて落とし物に届けてもらえることを期待しろ、というスタンスのようだった。冗談なのか本音か、前田が「俺を差し置いてカノジョといちゃいちゃするからだ」とうそぶく。幼なじみを憎からず想っているくせに素直になれない男の言葉に、島津が呆れ果てたという態度を見せる。
授業には遅刻してしまうが今から体育館に戻って探すのを手伝おうか?と提案しようと、一歩前に出た時だった。

「それは、変に石だとかがついてないものか?」

え?
と、その場にいた全員が一瞬虚をつかれた。
大神だった。
空気のように日常に溶け込んでいた、大神が口にしたのだった。
当事者であるゴトー君がいち早く我に返った。
「あ、ああ」
学ランまできっちり着込んでいる大神、他クラスだけでなくC組の中にも、その時初めて認識した人間も居るらしく、誰だっけ?とでもいうような視線がいくつか陰で交わされていた。それに気づかないはずもないのに大神は平然としている。

「なら、さっきコートで拾った」

と。
無表情のままポケットから、きらりと光る小さな銀色のものを出した。シルバーなのかメッキなのかはわからないが、それが指輪であることは一目見わかる。
これが。
「あっ」
大神が手袋をはめた手の平に載せ示したそれにゴトー君はパッと目を輝かせると、奪うようにそれを引ったくった。まじまじ見つめると頬を紅潮させ、あったぁよかったああ!と喜ぶ。
指輪が本来の持ち主の手に戻ったことは本当に喜ばしい。見ている方の心にも柔らかな空気が湧く。
だが、ゴトー君は喜ぶばかりで一向に大神に対し以上の反応は見せていない。
おい待て、そこはありがとうだろう。
自分の不注意で落とした指輪を全然関係ないのに、それにもかかわらず解決してくれた相手に対して、いくらなんでもそれは不敬じゃないのか。お礼の言葉くらい言えるだろうが。
もやもやしたものを言葉にしようとしたのだが、消しゴムをかけたように忽然と大神がいなくなっていることに気づく。驚いた。つい一瞬前まで奴を見ていたのに。焦燥感が襲来する。
だって、もう放課後だ。
見失ってはいけない。大神を見失っては、いけないのだ。
皆に悪いが先に行くと言い残して、戸惑ったような反応を置き更衣室を出る。あてなどないが、もう帰っているのではと勘繰り、校門に向かって走る。
何故か神田先生は大神に対し寛容、というか、奴がいなくても他の生徒にはするような心配をすることがない。以前にもあったことだが、ホームルームに大神がいなくても特に何も言及せず、そのまま終礼に入った。
もしかしたら大神の奴、何か神田先生の弱みでも握って脅しているのだろうか。先程、ゴトー君の指輪を拾ってあげていたという優しさは、仮の姿か。許せん。
なんともいえない感情に駆られて走り回る。どこだ大神。
「ここに居る時」の大神の気配はひどく薄い。気を抜けばすぐ近くにいても平気で素通りしてしまいそうになる。

見つけられたのは、ひとえに存在感の塊のような少年が、大神の側にいたからだった。

それは、派手な外見の少年だった。
金髪に左右で違う目の色は、金と銀。他校の制服――まさか閉成か。ピアスをいくつも開け、エリート校の制服でなければ典型的な不良だと判断してしまいそうになるタイプの少年だった。
そんな金髪と、黒髪の二人が、校門で話をしているのを50メートル離れた所で見つけ、慌てて柱の影に隠れる。

「てめえ」

と学校ではついぞ聞かない乱暴な口調の大神に笑みはない。どうやらあの少年といるのは不本意らしいことが、眉間の皺から伝わる。

「んーなきょどきょどしなくても、だーれもいねぇって」

た、タバコ? 細い煙が立ち上る火のついたタバコを、見るからに自分と同い年くらいの少年がくわえている。少年だけが笑い、必要以上に近づいてそのまま、馴れ馴れしく大神の肩に顎を載せる。
何者なんだこのオッドアイの少年は。

「よーっす零チャン。てか何そのキャラ、面白いネ。すっかりオーラ消しちゃって」
「黙れ。てめえの仕業だろ、身に覚えのねえ指輪がポケットに入ってたぞ。くだらねえことに異能使ってんじゃねえよ、無駄に器用な真似しやがって、何しに来た。お前と一緒の空間にいることが堪え難い」
「そんなの決まってんデショ? 嫌がらせ」
「死ね」
「嫌がらせしたくもなるっつーの。お前、ここ一ヶ月まともに仕事してないらしいジャン。その尻拭い全部俺がやってやってんだけど? ・・・なんか無いワケ?」
「ワザワザゴクロウサマ」
「お前が死ねヨ」

彼も。と思った。
あの金髪の彼も、大神と同じ世界で生きているのだろうか。
あの、現実とは乖離した、撹拌され格別された世界で。
そう思うとどくんとした。なぜだかひどく淋しくなった。
二人を見つめているうちに、意識しないうちに結構な時間が過ぎたらしい。
「やーと見つけた桜小路!」
そんな大きな声が背後からして、肝が冷えた。
二人がこちらに鋭い視線を向けていた。――気づかれた。
「いくら用事があるっても、鞄も持たずに何帰ろうとしてんだよ」
「神田チャン心配してたぞ! 明日謝っとけよ・・・って、え。あれ大神?」
と一緒に居る誰あの美少年?と自分の鞄を持った友人達。当たり前だが全員着替え終わっている。結局部活に行くのか上杉だけはユニホーム姿だ。
二人に視線を戻すと、金髪少年は消え大神だけが通学路を歩いていた。そういえば、気のせいかもしれないが、「じゃあナ」「ああ」「嫌がらせ達成出来たわ」「ヨカッタネ」「大神、今度さぼって俺様の手を煩わせたら公衆の面前でべろキスしてやっからナ」といった会話を聞いた気がする、なんだったのだろうか、あの金髪の少年は。
「桜小路? どうしたんだ」
「・・・え?」
「ずーっと大神見てたけど」
「ずっと、など・・・」
――この学校へ大神が転校してきたのが、一ヶ月前のことだった。
だが初めて出会ったのはその前日。その日、出来れば永遠に知りたくなかった現実を見た。
ホームレス狩りと呼ばれる、無抵抗な人間へ若者達からの一方的な暴力。虐げられる者と虐げる者、悲痛な叫びと複数の笑い声。
こんなことが現実に、本当に存在するなんてと愕然とした。夥しいショックだった、テレビの中だけでない、実際に間近でそんな愚行が起きているなど。
その夜、いくつかの命が目の前で消えた。一つは若者達から理不尽なリンチを受けた男性のもの。
そして若者達自身のもの。
神のように悪魔のように左手に炎を纏い、触れたもの全てを灰すら残さず屠った、その少年。
それが大神だった。
青く煌々と焚ける炎は真っ黒な少年の身体を神懸かるように美しくうつし、つかの間自分の目前で虐殺が行われているのだということすら、忘れてしまった。
自分はひょんなことから彼に近くから「観察」されることになり、何を馬鹿なと思っていた翌日、言葉通り転校という手段を用いられ今に至る。
あのお調子者の武田ですら転校当日、大神相手だといつもの調子が出なかった。どんな質問にも淡々としか答えない感情の起伏が平たい反応に誰もが白け、珍しい時期の転校生という肩書にしてはすぐさま大神を取り囲む者は激減した。炎の中で凄絶に笑った夜の暴君を確かに自分は見たはずなのに、その記憶こそが誤りだったのではと思うほど別人だった。だが誤りなどではないのだ。
その証拠に、大神は学校では奇妙なほどおとなしくしているが、いざ放課後となり日が暮れ、やがて夜が訪れ自分が家まで帰るのを見届けると、ゾッとするほど冷たい目をして街に繰り出す。
毎夜のように人を燃やしている、と。問い詰めたらあっさり答えた。
そんなことはさせない、と張り付いてくる輩に張り付き返して一ヶ月。「観察」をする理由でもあるらしいが、自分が居れば大神は炎を燃やせない。
そこにどんなわけが存在しようと、人殺しは大罪だ。大神に人を殺させたくない。
「しかし、あまりこう思ったことはなかったんですが――」
島津が眼鏡のブリッジを押し上げる。武田が続けた。
「大神って、謎、だよな」
「・・・ッス」
頷いた上杉。なんでお前ここで喋んのと前田が突っ込む。自分達のやり取りをいつも堂々構えて見ている上杉が発言するのは確かに久しぶりだった。
「だが」
思うのだ。
謎だろうとなんだろうと。
大神は、人間なのだから。
どれだけ冷たい眼差しをしようと、温かな血がその身には流れているはずなのだ。脈打っているはずなのだ。
だから。

「俺も大神を、抱きしめてみたい」

そうすればきっとそのことがよくわかる。
と思って気づけば呟いていたのだが、どういうわけか皆がぎょっとこちらを凝視していて、首を傾げざるをえなかった。

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