黒子

□それはもはやただの記号ではなく
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青峰君はどう思いますか。


混んだマジバーガーのレジの前、自分の順番が来るまで新発売のキャラメルシェイクにするかそれともやはりバニラシェイクにするかと、ギリギリまで馬鹿のような内容で迷っていた黒子は、俺にも意見を仰ごうとしたらしく俺のシャツを掴んで振り向かせ、そう言った。
誰が青峰だボケ俺は火神様だ、と笑い飛ばしてやればよかったのだろうが、あまりにも黒子の口から自然に出たその名前は俺にとっても意外なほどに俺の胸を穿ったらしい。まるで自分が本当に青峰になったかのような錯覚を一瞬、した。馬鹿馬鹿しい。たかが名前を呼び間違えられただけだ。小学生のときに担任をお母さんと呼んでしまい恥ずかしい思いをしたなんて誰にでもある経験だろう。行為の最中に彼女に別の男の名前を呼ばれたというならばともかく、たかだかメニュー決めの参考にされそうになっていただけだ。
なのに結局なんの反応もできなかった俺、言った瞬間黒子自身があれ?みたいな顔をしたのがよっぽど堪えたようだ。
「すみません」
ハッとしてすぐに謝った黒子にかえって傷ついた。こういう会話をあいつともしたのかなとか、俺はやっぱあいつの替わりですかとか、思った。そしてなんだ俺それはと自己嫌悪。どうして傷つく、どうして不快になる。恋人同士ならともかく相手は黒子、相棒だ。恋人どころか親友すらなく、言ってしまえばバスケ関連以外ではなんら魅力を見いだせないような影のうっすいうっすいただのチームメイトでしかない。傷つくとか何事だ、キャラメルだかバニラだかで悶々としているような馬鹿相手に。
俺の世界の中心は俺だが黒子の世界の中心は俺ではない。俺と出会う前の黒子にも黒子の人生があった。そんなことは百も承知だ。けれども。

「失礼しました。今後無いようにします」

自分にこいつは青峰ではない火神なのだ、と言い聞かせねばならないほど青峰は黒子、お前にとって近い存在だったんだなとわかってしまったのだ。俺の順番が回ってきた。ゆっくり首を戻して高校生くらいの女性アルバイターを見た。ハンバーガー30個、といつものように注文した。すみません、ただいまご注文の品全てはご用意出来ませんので、残りは御席にお持ちしますのマニュアル言葉に頷いて金を払い、7つのハンバーガーを受け取った。さっさと席についたので俺の後ろで並んでた黒子が何味のシェイクを選んだのかは知らない。トレイを持った黒子は当たり前のように俺と向かい合わせの席に座ったが、容器の蓋の下の中身を俺が聞くことはなかった。



という昨日の夜以来心がささくれ立っている。
そのせいで親には八つ当たる、部活のモチベーションが上がらず先輩たちには怒鳴られる、何より世の中森羅万象全てが煩わしいというマイナスオーラが離れやしねえ。もう今日も放課後だぜ。昨日の一件から丸一日経ったんだ、我ながら、なんでこんなに落ち込んでんだかわからない。むしろじわじわ後になってから傷が広がってきた気がする。黒子が俺を青峰やキセキの世代たちと同一視していた節には前々から覚えがあるし本人も認めた、第一それに関しては俺は不快感など覚えなかったのに。

「火神くん」

昨日と同じように帰路につく俺を黒子は後ろから正しい名前で呼んだ。一緒に帰りませんか、勝手にしろといつものやり取り。かがみくん。出会ってから何度、こいつにこう呼ばれたろう。あおみねくんなんて、それに比べてたった一度だけだった。いつまで俺は地味に落ち込んでんだほんとに。
「火神くん」
「ん?」
「気分でも悪いんですか」
「なんで?」
「なんだか今日、ずっと上の空です」
「そうか?」
「はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・なあ」
「はい」
「黒子」
「はい」
「お前、俺でよかったのか」
「・・・はい?」

気分なんか悪くない上の空でもないずっとお前のことを考えてるずっとお前のことを考えてる。お前の言葉なんかで一喜一憂している自分を嘲ってる不審がっている。足の長さは全然違うのに、いつの間にか慣れてしまった黒子用の歩調、靴底が奏でるリズムを耳で聞きながら口が動く。背後の夕日に照らされ長い影が伸びている、俺は今黒子の影の中。今日の俺は黒子を振り返らない。

「なあ、黒子。本当にお前は俺でよかったのか。いくら似てようとキャラがかぶってようと精神的双子だろうと、俺は青峰にはなれない、ならない。青峰が好きなお前に答えることは出来ないんだぜ」
「は。なに、言ってるんですか」
「青峰が変わらなきゃ今でもお前は青峰の傍に居たんだろうな。ああ悪い、青峰やキセキのやつらとの過去を含めて、お前なんだってわかってんだけど。たかが名前呼び間違えたくらいだ、暴言を吐かれたわけでも暴力を振るわれたわけでもねえし、俺が責めるいわれもねえんだけど」
「あの、ほんとうにどうし」
「なんか、なー」

なんか、なあ。
自分自身で持て余す。なんだこの感情は。嫉妬ってやつだろうか、まさか。
時間が経つにつれて傷が化膿していく。血がにじむ、ぐじゅぐじゅとウミが沸く。黒子が俺に鋭いツッコミを入れても怒っても苛立ってもパスを出しても笑いかけても、それは俺を青峰として見てるからかと疑うのはどうしてだ、たかがチームメイト、たかが黒子だ。俺のアイデンティティーは俺が決めればいいというのに。
黒子の右手にぶつけるのは俺の右手でいいのか。
そんなことを、ずっと考えてる。周りに害をなす不快オーラを振り撒きながら。

「お前が昨日選んだのは、バニラシェイクだろ?」

新発売のキャラメルじゃなく。そう聞くと、黒子は「火神くん!」と切羽詰まった声で俺の名前を呼んだ。夕日の逆光でその顔は見えず、またその黒子の後ろの鮮やかな光に俺はどうしてか無性に泣きたくなったのだった。

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