フラン

□犬に言葉は通じない
1ページ/1ページ

犬ニーサンは師匠が復讐者の牢獄に収容されて淋しいのだろうか。ミーに、骸さんを見せてくれと時折ふらっと現れては日頃見せないような顔付きで申し出てくることがある。幻術を扱うに関しての労力はミーほどの術者になると無きにしもあらずなもので、はあと二つ返事でそれを叶えてやったりする。
「犬」
ミーの幻術はミーに全てを支配されているわけで、ミーの幻術で構成された師匠が微笑んだり犬ニーサンの名前を呼んだりその逆立った毛を撫でたりしてもそれは全て師匠のまね事をしたミーの妄想だ。しかし、それでも犬ニーサンはそのまがい物の師匠に微笑まれたり名前を呼ばれたり髪を撫でられたりするのが嬉しいらしく、いつもみたくギャンギャン吠えたりせず、ちょっと目尻を下げて借りてきた猫みたくおとなしく、幸せそうにされるがままになってる。ほんとは猫じゃなくて犬なんだけど。
でもその様を見てると、やっぱり思う。
犬ニーサンと師匠、その絆というか。繋がりの存在を。
そこには千種ニーサンも入るのだろうが彼は師匠がいなくて淋しいからといってミーに師匠の幻術を求めてきたりはしたことがなかった。彼は弁えていた、幸せの余韻の後には結局どうしようもない空虚さしか残らないのだということを。犬ニーサンのようにいつまでも春の夢みたいな幻に縋る真似はしなかった。
彼の師匠への想いが犬ニーサンに劣るとは思えないけど、どちらが優れているともミーには言えないのだった。ミーは師匠との付き合いの、長さも濃さも二人には敵わないので判別のつけようがないから。
「ありがとな、フラン」
どちらにせよ、犬ニーサンは満足したらちょっと照れ臭そうにミーに礼を言う。
その目に光るものはツッコむのが面倒臭いために見ないふりをする。20も越した男がどんな表情をしたところでミーには関係ない。「別に・・・構いませんけどー」
天才のミーにとって訳無いことに感謝を述べられるのは居心地が悪く、おおざっぱにそれを受ける。しおらしい犬ニーサンなんて気持ち悪いだけだ。フランテメーと怒鳴る普段を知っているだけに。
お前の無表情がむかつくぴょんと言った同じ口で、囁くように伝えてくるのだ。

「お前がいてくれてよかったぴょん」

本当に馬鹿な犬なんだから。ミーはどういう訳か、師匠がいなくなったときよりも淋しさを覚えた。










久しぶりに再会したフランはいつもと同じように理知的な学者のようでいて、その実何も考えていない無表情で自分の頼みを聞き入れる。骸さんに会わせてくれ、そんな女々しく思われるだろう願いを、髑髏に言ったほうがいいんじゃないのかとフランが突っぱねたことは、他の追随を許さない毒舌者のくせにただの一度もなかった。はあ、といつものローテンション一言で懐かしいあの人を見せてくれる。微笑ませてくれる、犬の名前を呼んでくれる、髪を撫でさせてくれる。
髑髏ではだめなのだ。
骸が唯一とった弟子。絶対にあの人は認めないだろうが、骸が唯一幻術の極意を授けることを許した才能を持つ少年、フラン。フランでなければ。
犬はいつもフランに見せてもらっている骸に向かい、心で詫びる。ごめんなさい、と。

あなたをだしにしてごめんなさい。
フランに会う口実にして、ごめんなさい。

泣きたくなる。いつもいつも、優しい幻術に。優しい幻術を見せてくれるフランの優しさに。
始めは本当に骸に焦がれてだった。千種共々、どこにも行く宛てのなかった自分を拾ってくれた恩人を、力及ばず目の前で復讐者達に奪われた。はがみするような日々。髑髏の身体を寄り代にして骸自ら幻術を教えたというフランが現れた時には、思わず縋った。それを甘えとし絶対に偽者の骸などには会いたくないとする千種の気持ちもわかるが、犬はそうせずにはいられなかったのだった。なのに。
いつからか、手段と目的が入れ代わった。
自分などには計り知れない頭脳の持ち主、骸の意向でヴァリアーに入隊したフランに会う手段が、骸に一目会うという目的を凌駕した。
フランの幻術に浸っていると、彼が骸の寵愛を受ける理由がわかる気がする。普段は憎たらしくて、減らず口しか叩かないくせに、時にひどく優しい。人形のような外見で、どす黒い内面で、口汚い言葉も飄々と投げてくるのに。そんなフランに慈しみを向けられるような関係を、築けていたのだろうかと、不思議だ。

「お前がいてくれてよかったぴょん」

それは紛れも無い本心なのだけど、それを伝えると必ずフランは、かすかに眉をひそめる。困ってる、嫌がってる、面倒臭がっている――どれも違う気がする。あえていうなら、骸が消えたばかりの自分のような顔をする。悲しい、淋しい? どうにも伝わらないもどかしさ。なんで人間には言葉なんてものが必要なんだろう。
本当はすごく簡単なことなのに。フランがいてくれてよかった。フランが。フランが。「俺お前好きだ」


言えない。
どうにも難しい。フランのメロンみたいに綺麗な目を見ていると。柿ピーの無口に毒されてしまったのかも知れない。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ