フラン

□やさしいひと
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さっきから後ろで山本武が口を尖らせぶうぶう言ってるのがどうにも苛立ちを煽る、ビキビキと額に血管が浮き出るのが自分でわかる。俺は努めて気にしないようにして、足早に執務室へと向かう。山本武はついてくる。

「なあなあスクアーロ、どこ行くんだよ。剣の稽古してくれんじゃなかったのかよー」

うるせえ、黙れぇ! 長きにわたる苛立ちの鬱積にとうとう堪えきれなくなって振り向き、しかし両腕に抱えた大量の書類のせいで変に腰に力が入ってしまい今すごい音したぜと言われるだけの結果になった。ヴァリアークオリティなめんなこんなの屁でもねえと続けようとして、腰に鈍痛。
確かに、山本が不満がるのもわからないでもない。ミルフィオーレファミリーとの抗争後、幻騎士に負けたと聞きこの時代の「奴」と違って甘ちゃんのお前に剣の稽古をつける、そう言ったのはこっちからだったし、そのつもりでこのヴァリアーアジト支部に寄ったのだ。だが、それはいいがそこに、本部にいるクソボスから速達で書類の山が送られて来やがったのだ。ベルフェゴールの報告書に多数の不備が見られるから、隊長として責任を取って挽回しろ、という命令書と共に。小分けしてそれらを俺の目の前に運んできたヴァリアー隊員数名に八つ当たったものの絶対君主からの命令には逆らえない。ああ悲しき縦社会。つうかこんなもんボス命のレヴィの野郎に押し付けりゃいいだろうがぁ!
たかが書類不備の後始末にしては異様に多い、代わりの書類の山を見たときは、素直に思ったものだ。うんどいつもこいつも殺してやりてえクソ野郎共。と。そもそもベルの奴はなんだって、10年以上書き慣れているだろう報告書を手抜かりしてくれやがったのかと怒りがおさまらない。自称天才が聞いて呆れる。勿論、あんな気まぐれで気ままでピーなガキの頭のつくりなど把握したくはないのだが、俺が嫌うことの一つに他人に行動を制限されること、がある。組織に所属する以上避けて通れないことであることは理解しているものの、歓迎出来るような話ではない。と、まあ、ただでさえ心がささくれ立っているというのに。

「スークアーロー」

だ、ま、れ!
このガキ空気読め。黙れ!とその物覚えの悪い頭にすこんと左手に仕込んだ剣を突き刺してやりたい。そんな暗殺者としてはおおよそ真っ当な想像でなんとか腹の虫をおさめていると、ようやく目的地についた。両腕が塞がっているのと湧いて消えない苛立ちで足で扉を開く。と。
フランが居た。

「・・・・・・」

扉を蹴り開けたまま静止してしまった俺にスクアーロ?と不思議そうな声を上げる山本を無視し、もう一人のガキに見入った。罰ゲームめかしたカエルのかぶりもの、翡翠色の髪。ヴァリアー幹部にしか着用を許されていない隊服は間違いなくフランだ。
執務室とは普通、書類業務を執り行う部屋を指すのであり決して奴のように暖かな日の光差し込む窓辺にもたれ掛かりダラダラと昼寝する場所ではない。抱えた書類の山越しに見える、平和そのもの、よだれを垂らした顔に殺意が沸く。憎い。なんかもうこの世の生きとし生ける全てのものが憎い。

「またてめえはこんなところで寝やがってぇ! 風邪引いてもしらねえぞ、寝るならせめて仮眠室でっ・・・」

なのについ、まるで俺がフランを心配しているかのような口調になってしまったことに気づいて慌てて自制する。俺は苛立っているというのに。何を言っている。フランはうぅーんと身じろぎし、だらりと投げ出した足の間に置いていた右手でぼりぼりと顎を掻いた。開く翡翠の双眸。焦点が甘く、ぼやけていた。

「・・・あー? あれーここってスク隊長の部屋でしたっけー?」
「執務室だぁ」
「ですよねー。あれー」

以前、寝心地が自室よりも良いのだなどと言ったフランが本部の俺の部屋に一週間ほど居着いたことがある。それは建前で、そんなに俺と一緒に居たいのだろうかと思って冗談半分余興3分の1で顎に手を這わし頬に口づけてやったことがあるが、心底ゴミを見るような目を向けられたためにそんな可愛い可能性は即座に潰した。奴はより上質な惰眠を貪るためならば上司の部屋だろうと河原だろうと窓辺だろうと犬小屋だろうと、どこだっていいのだ。場所など選ばないのだ。

「スクアーロー、入口で止まんなよ」

苦いおもいを堪えていると後ろから山本の声がかかった。確かに入口をふさぐような形になっていたことに思い当たってそうだ、フランなどに構っているヒマなどないのだと我に返る。お前は執務室でこなさねばならない業務などないのだから入る必要もないだろう、と山本につっこむより。ボンゴレ暗殺部隊ヴァリアーが作戦隊長、S・スクアーロらしからぬことではないか。たかが術士のガキ一人に、こんな気分にさせられるなど。

「―――、え?」

は?
しかし俺は再度仰天することになる。フランが。あの、木で鼻をくくったようなことしか言わぬ世界をなめきっているとしか思えないクソガキが。
無垢とさえ言えるような表情で、俺の後ろの山本を凝視していた。
幽霊を見るかのような。
亡霊を見るかのような。
いや。
まるで、恋い焦がれるかのような表情で。

「や――、・・・」

しかし、フランのそんな顔も時間にしてみればほんの一瞬のことだった。山本に向かって一言分言葉にしたあと、フランはすぐにいつもの無表情に戻った。己の感情を封じるように。感情を捨てようと、するように。

「隊長ー、なんですかその書類の束ー」

そしてなにごともなかったかのように俺にいつもの調子でいつものように馴れ馴れしく口をきく。俺も何事もなかったかのように、「クソボスに押し付けられたベルの不始末だぁ」と親切に正確を述べる。

「ベル先輩? あー」
「なんだぁ。なんか心当たりがあるような口ぶりじゃあねえか、あいつの手抜かりの」
「心当たりっていうかー。まあー。任務帰りの先輩とちょっとした喧嘩をしましたかねー」
「・・・喧嘩だぁ?」
「血ー見てテンション上がったんだかなんだか知らないですけどー、剥かれそうになったんで金的処置食らわせときましたー」
「それだ」

間違いない。
それで不機嫌なまま、書類をやっつけ仕事でやりやがったわけだなあの野郎。次会ったときは百回斬る決意。必ず決行しよう。

「フラン、お前も原因の一つなら手伝いやがれえ」
「ミーが書類を書くとき必ずどこかの隊員の一人が利き手の腱をいためるというヴァリアーにまことしやかに囁かれる噂を信じてないなら助力も構いませんけどー」
「やっぱいいわぁ。寝とけ」

どさりと山を壁側の机に載せる。幻術を使って罪のないヴァリアー隊員に代筆させると堂々宣言してくれたフランの居る窓辺の反対の位置。お互いにお互いの様子を見渡せる位置だった。山本も手持ち無沙汰らしく俺にひょこひょこついてきた。
やる気を奪う量をした山を前に、大丈夫俺は出来る俺なら出来るそんな気がすると自己暗示をかけ、精神統一して心を落ち着かせる。このあたりの呼吸は剣を扱うときと似ている。フッと短く鋭く息を吐いて、取り掛かる一枚目。

「なあ、スクアーロ。あの窓辺のでかいカエル頭の奴、さっきから俺見てため息ついてんだけど、俺なんかしたかなあ」

初対面だよな。だってあんな奴、一度見たらいくら俺でも覚えてると思うんだけどなあ。
ほんと黙んねえなこいつはと、ああ?と濁った声でデスクから顔を上げ、だが書類に必要事項を書き込む手は止めないままに声をかけてきたた山本を見、そしてフランを見た。
それから再び山本を見た。

「・・・10年後のお前がなんかしたんじゃねえのかあ」

うるせえクソ鮫余計なこと言うな。
ギンギラギンにぎらついた翡翠に烈火を浮かべ、フランは激しく俺を睨んだ。きっとフランはよっぽど俺にそう言ってやろうとしたんだろうが山本の手前、どうにも調子が出ずに心中で俺を7回ほど呪殺するだけに留めてくれたのだろう。涙が出る。

「隊長ー、ミーどっかの堕王子と違って隊長のことは大っ好きなんですー尊敬してるんですー。ミーの師匠と異なり優しいところとかー、賢いところとかー、わざわざ呪ろうと思わせないそのお人柄全てをー」

だから余計なことは言うなってか。はいはい。
俺は余計なことを言わなかった。しかし、俺じゃない奴は牽制されず、空気を読まずにはははと笑い。
フランを見つめて、山本は言った。

「フランだっけ。お前、おもしれーな」

そしてそんな些細な言葉の、どこに琴線が触れたのか。
俺には全く、わからないが。

「・・・っ」

あのベルフェゴールさえも手玉に取るような性悪が。
瞳を揺らした。

「・・・・・・っやま、」

ぴちゃり。
俺の近くで水音がして、山本の視線がこちらに向いた。

「――あ。やべえインクこぼした。床に。山本、雑巾持ってきやがれ」
「ええ? 何やってんだよスクアーロ、らしくねー」
「うるせえ。どうせお前ヒマなんだろ、さっさとしろぉ」

横暴だなーなんて言いながもヒマなのは本当だったのか、ぱたぱたと未練なく駆け足で扉に向かう山本。山本はこのヴァリアーアジト支部のどこに雑巾があると思っているのだろう。きっとしばらくは帰って来ない。
あの時瞠目したフランが刹那、泣きそうに見えたのに気づいたのは俺だけでいい。

「・・・スク隊長」

迷子のような声がありえない所から聞こえて、仕方ないから俺は振り向いてやる。山本への修業、剣の稽古は、こいつのいない山の中ででも改めて行おう。
やれやれ、部下の尻拭いは悲しいかな、上司のつとめなのだ。

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