other

□寝起き者にはご用心
1ページ/1ページ



デスクワークから一息つくため、喫煙所のブースで一服でもしようかと、やってきたら数少ないベンチを占領するように寝ているやつがいた。
幾度と見る光景に、一つため息を吐く。

「おい、苗字、こんなとこで寝てるな」

顔にかぶせ傘にしていた何かの資料ファイルを降谷に取っ払られた名前は「わ、まぶしっ」と言って、襲い来る蛍光灯の光に腕で顔を隠した。

「…ん〜?なに、事件?」

「あぁ、婦女があられもなくベンチで横たわっていた」

「何それ、事件性あるの?てか、それ一課の担当じゃない?」

「ばか、お前のことだよ」

「…もうちょっと寝かせて〜」

徹夜続きなのー。と狭いベンチの上で起用にネガ入りを打つ女に、降谷は呆れながら、「俺もだよっ、というか寝るなら仮眠室行けっ」といって、自販機に小銭を投入する。

「だってここ静かだし、なんか落ち着くし、部署から近いし」

「どんだけズボラなんだよ」

どうせズボラ女ですよ〜。ともはや半分寝ている声で抗議してきた彼女は、苗字名前、降谷と同じ公安に所属する数少ない同期のうちの一人である。

ガタンゴトンと、自販機から出てきた無糖の缶コーヒーを拾って、降谷はすぐ隣で眠る名前の顔を覗き見る。
目の下にはうっすらとクマが見られ、寝不足というのは本当のようだ。しかし、かといってかと言ってこんなところで寝かしっぱなしも出来ない。
そういえば、さっき煙草を持ってデスクから立った先輩がため息を溢しながら、すぐに戻ってきてたなというのを思い出し、降谷は再び暢気に眠る名前の顔をジト目で見た。
こいつのせいか。

「おい苗字、寝かしてやるけど場所は変えろ、ここはお前専用の仮眠ブースじゃないんだぞ」

「ん〜…」

移動させようにも、やはり起こさなければ元も子もなく、しょうがなく肩をゆすり声をかけると、抵抗するような唸り声が返ってくる。
せっかく、言ってやっているのにと微かにいらだちを覚えたが、そこは一息吐き気持ちを落ち着かせた。

肩を揺すったことで、先ほどより露わになった彼女の寝顔が視界に入る。

男所帯である公安には、その言葉通り女性が少ない。そんな中、配属される女性捜査員は、やはり紅一点となって周りからちやほやとされるのが自然の摂理であり、さらに、女に飢えた男にはどんな女性も綺麗に見えてしまうという悲しい習性から、こんなズボラな名前もその対象であった。
普段の彼女は、周りにも自分にもストイックな性分であるため、そんな名前に感化され男性捜査員たちも彼女にはまじめに接して、あからさまに持ち上げるような行為はないのだが、こう無防備にされてしまうとこちらとしてもさすがに焦るものがある。
寝込みを襲うなんて輩がこの公安にいるとは思えないが、自分の同期が不特定多数の男どもに邪な目で見られているのは、あまり気分のいいものではないのは事実。

とても面倒だが、仕方あるまいと、降谷はまた名前を起こすことにした。

「起きろって、お前がいたらここで煙草だって吸えないだろ、周りに迷惑かけるなよ」

「…えぇ、みんな別に外に吸いに行くじゃん」

「お前がここにいるからだよ、ほらさっさと起き上がれ」

「分かったよ…」

やっと起き上がった、名前に安堵のため息を吐くも、今度はベンチに座った状態から、立ち上がらない。
おい、まさか。とそっと顔を覗き込むと、やはり再び眠りにおちようとする彼女の顔があった。

「ばか、おい!寝るな」

「ムリ、眠い…」

「はぁ!?」

どんだけ徹夜してたんだよ!と彼女の貪欲な睡眠への執着に、声を大にして言いたい。

「降谷〜、連れてって〜」

その言葉と同時に、中腰になっていた降谷の首に縋りつくように名前の手が回される。

「なっ、お前っ!」

腕と一緒にかけられる体重に、慌てて彼女の体を支えるが、もうすでに意識が飛んでいるようで、回された腕は降谷の肩からずるりと落ち始めた。おいおいおい。と何とか彼女の身体を落とさないようにと、一端ベンチに再度横たわらせる。
その時、「降谷、お前…」と、聞きなれた同僚の声が後ろから聞こえた。

「はい?」と声のした方へ顔を向けると、そこには、見慣れた同僚の面々が、火のついていない煙草を加えた姿から、一服するために喫煙ブースにやってきたのだろうと推測する。
が、彼らの目線と自分の体制を不意に思い起こし、降谷の顔は青くなる。
無能日に眠る、名前の上に覆いかぶさるような体制の自分は、どうにも寝込みを襲っているようにしか見えない。

「っ、いや、これは違うんだっ」

「女に事足りてないとあんなに堂々と言っていた降谷が、まさか…」

「だから、違うと!」

「おれ、お前のこと信じてたのに!」

「違うって言ってんだろうが!」


こうして、降谷の苗字寝込み遅い事件は、公安内で有名になった。

当被害者である名前は、事実を公明しようにも「え、そんなことあったけ?」と全く記憶にない様子で、
それから何故か、休憩ブースで寝ていると、ベンチから落として起こされるという、降谷の横暴が始まったという。







28.8.30.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ