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□アヤトと彼女
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アヤトと彼女



生暖かい風が頬を撫で、ネオン色の光の灯る闇がまるで覆いつくすようにに世界を飲み込み、私を隠す。
フードを目深にかぶりながら人込みをかき分け進んだ。
楽しそうに笑う人の声と、ビルのモニターからは浴衣を着たアナウンサーがどこぞの祭りのリポートする声が耳に騒めく。
行きかう人をよけることなく進んでいると、向かいからやってきた人の肩があたった。
あったた拍子に相手の方へと振り向くが、すでにその人物はいなく、新しい人込みが次へ次へと流れていく。
そのまま数秒その場に立ち止まってから、再び歩き出した。


「お前、こんなとこで何してんだよ」


人の雑踏と車の走る音、人々の囁き声。
そんなものを全部無視して、聞きなれたその声だけが私の耳にすっと入り込む。
不意に声をかけて来たのは、何をしているというわけでもなく腕を組みながら壁に寄りかかる一人の少年。


「…アヤトこそこんなとこで何してんの」
「アホ、お前を探してたんだよ」


彼はそう言って私の肩に腕を回ると、先ほどまで進んでいた方とは違う向きに進路を変え強引に連れ出した。

人が行きかうこの道で歩く私たちはどう見られているのだろうか、恋人?兄弟?友達?

けれどそんなこと考えたって意味はない、さっきぶつかった人だって、今すれ違った人だって、ちょうど目があったあの人だって、数秒後にはこちらのことなんて忘れて、自分の道を進み続ける。
なんてことない平凡に、穏やかな日常に。

私たちが、"喰種"だなんて気づかないまま。


「どこ行くの」
「ここじゃないどこか」


アヤトは人間が嫌いだ。
人間は醜くて、理不尽で、彼にとってただの家畜でしかないから。
だから、こんな人込みに自ら赴くなんて珍しい。


「よくこんなとこ来れるな」


不意に発せられた言葉は、疑問なのか、それともただに酷評なのか。
ただ彼は私に答えを求めていないことは分かったので、何も返さなかった。

私だって人間はご飯にしか見えない。
プリっとした歯ごたえの内臓や熟熟にトロトロで口の中でとろける脳みそなんか、格別。

だけど、私にはそれだけではない。
何か温かいものを人間に感じていた。

触れれば温もりがあり、柔らかく包んでくれる。しかし、それはとても脆く優しく扱わなければすぐ壊れてしまうんだ。

人間が喰種に向けて持つ感情はすべてちゃんと理解してる。
憎しみ、恐れ、憎悪。
それは喰種が人間を食べるから。
だから人間は同じ世界で生きる喰種を絶滅させようと躍起になる。
これがこの世界の均衡、理、運命。


「どうして私たちは喰種なのかな」


唐突に漏らしたつぶやきに、アヤトの足が止まった。
あたりを見渡せばすでに人込みは抜けており、大通り近くの河原の、少し外れにやってきていた。

「なんで?」

今度はそう問うた彼の瞳は熱く鋭い。


「んや、特に理由はない。ただ単にちょっとそう思っただけ」


アヤトはなんだか腑に落ちないような顔をすると、私をおいて再び歩き出す。


「お前って、何考えてっか分かんねぇ」
「うん、よく言われる」


また、腑に落ちない顔。
彼のこの顔が私はちょっと好きだ。















28.7.9.

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