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□CRASH
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隣の席の槙島くんはいつも気だるげだ。授業中はほとんど窓際を向いているし、休み時間では常に一人。時折一人で何処かに行くが、大抵の場合はこのご時世ほとんど使用されることのなくなった紙の本を読んでいる。

陰気という言葉が似合いそうな行動の数々だが、その容姿は全くもって正反対で、女子受けの高いであろう甘いマスクをつけている。

教室に吹く風に靡かされた、彼のうなじ辺りまでの銀髪はさわさわと揺れスルッと元の位置に戻る、これまた文句の言えない爽やかさだ。

しかし、そんな容姿を持ちつつも彼の周りを取り囲むような子はいない。
きっとそれは彼から発せられる空気にあるのだと私は解釈した。
確かにあの空気は人を寄せ付けない。

ただし、興味は惹き付けられる。

あの素顔の中で彼は一体何を感じ何を見ているのだろう。


「委員長!これってこれで良いの?」

「あっ、うん。その備品そこに置いといて、後でまとめて出すから」

「おっけー」



ある晴れた日の昼休み、ついつい目の前の学級委員の仕事を忘れ、物思いに更けてしまった。それもこれも先程教室に向かう際に中庭のベンチに座りながら本を読む彼を見かけてしまったからだ。



今日はなんの本を読んでたんだろ。



そんなことを考えながら先程担任に片付けを頼まれた超薄型パソコンを箱に収納していく。
人数分しっかりあるのを確認し、これを職員室まで運ぶのだが、
薄型といっても機械類。しかもクラスの人数分というわけでパソコンを入れた箱は結構な重さになってしまった。箱の高さも少し大きいので前が若干見にくい。
しかし、手伝いを頼もうにも先程声を掛けてきた女子生徒が教室に残った唯一の人でしかもすでに教室を後にしていたため、無理な話である。まぁ一人でもなんとかなるだろうと考えそのまま教室を出た。


時刻はもう4時を回っており校舎にはほとんど人は残ってない、昔は放課後に希望する人達が集まって集団で学校の管理の下でやりたいことをやる"部活"というものがあったが、今ではほとんどの学校に残っていない。
その為放課後学校に残る生徒は何か用事があるような子しかいないのである。
特になにもすることなく学校にいるくらいなら、安物のあまり効果の期待できないストレスケア用品でも試してた方がよっぽど良いと考える人が今の世はほとんどだ。

これも"シビュラシステム"が私たちの生活の根底に浸透してきた結果なのだろうか。

当時はいきなりの登場に困惑した市民が多かったが今となっては生活していくのに必要不可欠なものだ。

1階に向かう階段を降りる道、やはり他の生徒を見かけることはない。そんな中一人大荷物を抱え奮闘する自分を思うと悲しくなってくる。

そう言えばこんな放課後に槙島くんは学校で何の用があるのだろうと不意に思った。

少々覚束ない足取りでゆっくり一段ずつ降りていると、視界でちらつく何かが見えた。
「?」
抱える箱を顔前から退かし、視界を確保するとそれは人だった。
顔見知りではない男子生徒、彼は私の降りる階段をゆっくりと昇ってきていた。放課後に珍しい生徒。用事があるのならまだ残っている理由は分かる。
しかし彼は、見るからに様子がおかしかった。私とは違った覚束ない足取り。まるで意識は何処かに置いてきたような雰囲気に危うさを感じた。

私は歩みを止め、彼は着実にこちらに歩み寄る。ただならぬ様子に、動きを止めるしか出来なかった。彼は私の横を通り過ぎそのまま上っていく。そこでやっと息が出来た気がした。止まったいた血流が動き出す感覚。
登り続ける彼を振り返り、何か声を掛けなければと思った。

「あっ、あのーーー」
「こんにちは」

声を掛けようとした途端に、後ろから声を掛けられる。驚いてまた振り返ろうとした瞬間に足を踏み外した。ーーー堕ちる。
強く目を瞑り、襲いかかる衝撃に身を強張らせると背中に感じたのは身体を包む暖かさだった。
バタバタバタと箱から溢れたPC等が音をたてて床に落ちる。何が起こったのか分からず目を白黒させると、あの声が今度は頭の上から聞こえた。

「大丈夫かい?」
「っ!?」

声の主は、槙島くんだった。

「だっ、だい じょうぶ、です…」

「大変そうだったから手伝おうと思って声を掛けたんだが、驚かせてしまったね」

状況は分かった。だが、やっぱりよく分からない。なぜこんなところに槙島くんがいて、今まで挨拶もしたことがない槙島くんと話している。しかも、不可抗力だが背中から抱き締められているというオプション付きだ。この唐突過ぎる現状に頭がついていかない。

「ま、槙島くん どうしてここに?」

「あぁ、さっき名前さんが職員室から教室に向かっていくのが見えたから」

「…見え、たから?」

見えたから、なんだっ。そう聞いても彼は真っ白い顔を微笑ませて答えるだけだった。

「手伝うよ」

支えてくれていた私の背中を離し、落ちたPCを拾い終るとなんでもないように箱を持ち上げてスタスタと前を歩いていく。
そんな彼を、呼び止めるも槙島くんは何も言わず後ろについて私も歩くしかなかった。

夕焼けに染まった日の光が廊下を照らし、槙島くんと私の足音だけが響く。それはまるで今世界には私達だけしか存在していないように感じられて、心臓がドクドクと忙しなく動いた。

一歩を踏み出すたびにホワホワと浮かぶ槙島くんの銀髪が夕日に透かされ淡いオレンジ色に見える。なんだかとても神秘的だと思った。


「君は世界の終焉を想像したことがあるかい」

彼の声色はその髪と同じくらいまるで空気に浸透するみたいだ。だから私は、最初槙島くんが声を発したことすら気付かなかったんだと思う。


「…ごめんなさい、なんて?」

申し訳なく思いながらもう一度彼に尋ねると、目の端でこちらをちらりと見た瞳に鼓動が跳ねる。
幸い槙島くんは気分を害さなかったようで端的に質問を繰り返してくれた。


「世界の終焉…?」
「人は今を当たり前のだと思っている、実際当たり前のだし、時間の流れが変わらない限りそれは不変的なことであるのは間違いない、ただ人類は一つしかないとは限らないモノの流れを重視し過ぎていると思う」


槙島くんはそう言うと歩みを止めて、顔を窓に向けていた。真っ赤に染まっていたはずの夕焼けは夜の空に蝕まれている。窓から差し込む光も小さくなり、灯りの付いてない廊下は段々と薄暗くなっていた。
彼は私の意見を聞いているみたいだが、私は彼がその質問に対して導き出した答えと同じ答えを出したいと思った。
だけど、遠い空を見つめる槙嶋くんのことを理解するなんて出来ない話で、視界だけでも彼と同じものを共有したくて私もガラス越しの空を見上げた。


「…世界の終わりなんて考えたことないよ。私も今の生活を当たり前だと思ってるし、槙島くんの言うモノの流れ?っていうのはきっと私には想像もできない」
「……」


夕焼けから夜に侵食されていく空の境目を見つめていると、隣から視線を感じた。振り返ると、案の定こちらを見ていたのは槙島くんで、彼が私を見ている、私の言葉を受け止めようとしていると思ったら緊張で肩が強張った。

「…ただ、私にとって世界の終焉は、私の命が終わるってことだよ」

口の中がパサパサに乾いている気がして、唾を飲み込もうとするがそれすら出ないほど私の喉は乾いてるみたいだ。
視線を前に戻すと、槙嶋くんがこっちを向いていた。彼の黄金色の瞳に自分の姿が映っているのだと思うだけで、背筋に甘い痺れが走る。
彼の瞳がゆっくりと弓なりに細められ、優雅に微笑んだ。



その時、なにか大きな塊が槙島くんの顔に影をさし窓の外で駆け抜けた。
それは上から降っていて、視界の端に一瞬映ったその物体に身体が氷のように固まる。
重たい大きなモノが落ちる鈍い音がした数秒後、甲高い悲鳴が聞こえてきた。

あれはたしか、古典の高橋先生の声だ。






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