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□残酷な世の神様へ
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私には前世の記憶がある。幼い頃はそれが何なのか分からなかった。
恐れていた巨人がいない世界。誰もが平等に暮らす世界。大好きだった皆がいない世界。それは私にとって残酷な世界だった。
見た目は子供でも知能は前世と変わらないものを持ち、前の世界のことを話しては大人たちを困らせた。「名前ちゃんは怖い夢でも見たのかな?」「とっても面白そうな物語だね」誰も私の話を信じてくれず、あの時を共に過ごした仲間を想ってはどれ程涙を流しただろうか。
年月が経ちいつしか前世の記憶なんて自分の妄想だと思い込むようになった。くだらない。こんな幻想は本の中の物語だ。巨人なんて子供が考えたお伽話の中にしかいないじゃないか。

小学校、中学、高校はまるで影に隠れるようにひっそりと学校生活を過ごした。実際は自分の精神がきゃっきゃと騒ぐ周りについて行けなかったのだが。
高校を卒業し、町に一つしかない田舎の大学から逃げるようにして東京の名のある学校へ進学した。
両親には反対されたが、1人で入学手続きをして奨学金が貰える特待制度の試験に合格すると、お前の好きにしなさいと何も言わなくなった。
親には悪いことをしたと思ってる。たった1人の娘としては側にいて欲しかっただろう。
だけど、私は抜け出したかった。私を認めてくれない周りから、気付くと草原を馬で駆け回る感覚に懐かしさを感じている自分に。

しかし、神様はどうも私をこの残酷な世界から解放する気はさらさら無いようで。

「やぁ、初めまして!私はハンジ!君が特待生の苗字名前かい?」

そう声を掛けてきた少女の姿を見た途端、講義の休み時間 沢山の人が行き交うキャンパスのど真ん中で、私は号泣した。
「え⁉︎うそっ、私何かした⁉︎」と慌てふためく彼女のことを思い出すと今では申し訳ない。
突拍子のない出会いであったものの、「何か名前って初めてあった気がしないっていうか、一緒にいると懐かしい気分になってくるんだよね」と月日がたち親友も呼べる関係にもなった彼女にそう言われ涙腺が崩壊するのを必死に耐えた。
そして、ハンジは前世と変わらず変人だった。その変人だった彼女は、ずっと私達が初めて会った時何故泣いたのかを執拗に聞いてくる。何度誤魔化してもハンジは諦めず、ついに私の方が折れてしまう。
断崖絶壁に立っているような気分になりながら私には前世の記憶があると彼女に素直に話した。
体を震わせ、話したことを後悔しながらハンジの様子を伺うと、彼女は予想外にキラキラした目で「何それ、ヤバイ」と鼻息を荒くし私とは違った感情に体を震わせていた。
それから、程なくして私の世界が一変する。
臨時講師として大学に来たミケに会い、近所にミカサそっくりの小さな女の子がいる家族が越してきて、実はその隣の家にまさかのエレンが住んでいて、大学の先輩後輩にペトラとオルオがいたことが判明したのだ。
ハンジ同様誰一人として前世の記憶を持った人は居なかったが、不思議とすぐに仲良くなり、皆で笑いあった。厳しい訓練の日々を送りながらも明るい未来を目指して真っ直ぐに前を向き続けたあの頃の様に。
そして、私の考え方も変わった。
狭い壁に押し込められたあの時とは違うこんな広い世界で、巡り会えたなんてどれだけ低い確率なのだろうか、それこそ奇跡じゃないかと。
誰ともこの記憶を分かち合えないことに最初は悲しく思っていたものの、私とは違い記憶を持っていない皆は今を生きている。私もいつまでも過去に捉われて生きてては行けない。けれど少し、もしかしたらあの人にも会えるんじゃないかと願う気持ちはどうか見逃して欲しい。過去に囚われないと言ってもこの記憶が私の中に残る限りそんなことは不可能なことなのだから。
私だけが持つ宝物の記憶。
そうして、私はやっとこの複雑な思いと折り合いをつけることができたのだ。






早数年が経ち、私は社会人になった。
学生時代とはまた環境が変わったが、相変わらずハンジやペトラ、前世の友達とは仲良くやっている。仕事先では
これまた偶然にも、エルヴィンとモブリットと出会った。エルヴィンも変わらず人をまとめる立場にいて、モブリットは私の同期だった。
そこそこ有名な企業に勤めたことで、名前の生活は半年ほどバタバタとしていたがだいぶ仕事にも慣れるようになり名前も余裕を持てるようになった。

そして、今現在。
会社に入ってから割と仲良くなった同僚の男に、「こいつが前に話した俺たち同期の出世頭だよ」と紹介された人物に名前は目を見張った。

「…初めまして、苗字名前です」
「………リヴァイだ」

目の前に現れたのは、ずっと昔に人類の希望を背負い共に戦い続けた彼だったのだ。
「こいつ目付きが悪いだろぉ?小さい癖に態度もでかいし、でもその癖して先輩達から重宝されてんだもんなぁ。やんなっちまうよ」と同僚は冗談交じりにそう言って笑う。私も「…ハハハッ」と彼の冗談に合わせて笑ったが、内心それどころではない。兵長になんて恐れ多いことをっ⁉︎ と冷や汗が止まらないほどだ。恐る恐る目の前の人物の様子を伺うと明らかに全身から負のオーラが流れていた。ヒッと息を飲みそうになるのをこらえる。がしかし、

「うるせぇな、チビは余計だ」
「おいおい、引っかかるのはそこだけかよ」

彼が纏うのは名前の記憶に残る姿より少し穏やかな空気だった。
その様子に顔には出さないが驚くものの理解する。あぁ、この人も今の世界をを生きているんだ。

「ていうか、お前本当に知らなかったんだな。リヴァイのこと同期の間じゃ結構有名だぞ」
「あはは…、なんだかんだここんとこ忙しかったしあんまり出世レースとか興味無かったからかなぁ」
「だとよ、リヴァイ」
「あ?んだよ」

同僚に声を掛けられ、そう返すリヴァイは目線を彼から移し此方を疑うようにじっと見てくる。今を生きてる彼と言えどやはり昔の兵長が頭から消えないせいか「す、すみません」と身体が反射的に謝る。萎縮した私を見て同僚がまた笑った。
それから、急ぎの仕事がまだ残っているからと自分のデスクに戻るリヴァイを見送り私たちも自分の作業に戻る。
そこでまた新たな発見。リヴァイとは同じ部署でLの字に広がる部屋の端同士だった。私は毎度毎度なんでこんなに近くにいるのに気が付かないのかと頭を抱えた。

同僚にリヴァイを紹介してもらってから、彼と遭遇する機会が格段に上がったのは私の気のせいではないはず。
上司に纏めた資料を私にに行くと同時に他の資料を渡そうとするリヴァイに会ったり、閉まろうとするエレベーターに駆け込むと中に彼がいたり、急激に上がった遭遇率にこちらはドキドキしてばかりだ。いろんな意味で。

そして、神様をどうしても私を困らせたいらしい。
「これからこのプロジェクトで一緒にやってもらう苗字くんだ、よろしく頼むよ。リヴァイくん」
上司に連れられいきなり告げられたのは予想だにしていないことだった。

これまで会ってきた前世の仲間達とはすぐに仲良くなっていて、今でも時間を見ては会っている。高校自体の講師でも、はたまた近所に住む高校生でも同様に。共通点がなくても皆自然と仲良くなったし、相手もそう思ってくれているようで、これは運命の思し召しかなと都合よく解釈している。
だがどうしてか、リヴァイだけはどう距離をとって良いのか分からなかった。
彼に会えたことは本当に嬉しかった。心の中で密かにずっと願ってきたことだから尚更喜びも大きい。

プロジェクトが始まりまずは遠方に挨拶周りをすることになった。リヴァイと共に彼の運転する車で取り引き先へ向かう道中、私は助手席でこの空気をどうすれば良いのかと頭の中は軽くパニックだ。結局、一言も話すことが今日の仕事を終えてしまった。隣を見ることももう侭ならない。そんなことを思っていると隣から舌打ちが聞こえ、肩がびくりと跳ねた。

「あのクソ野郎、めんどくせぇこと全部押し付けやがって」
「…クソ野郎って、仮にも上司ですよ」
「ハッ、自分より使えねぇ奴が上司なんて大層やり甲斐があることだな」
「……まぁ確かに、あの人に当たったのは不運だと思いますけど」
「てめぇだって思ってんじゃねぇか」
「リヴァイさん程じゃないですよ」

さっきまでの空気が嘘のようで、気付いたら普通に話している自分がいた。
「…今日はよく喋りますね」
「馬鹿いえ、俺は元々結構喋る」
もしかしたら彼は気を使って声を掛けてくれたのではないかと思い、嬉しいような申し訳ないような複雑な気分になった。そしてリヴァイさんの口の悪さは変わらないのなと口元が緩んだ。
「おい、着いたぞ」と運転席からでた彼に言われるまで会社に戻ったことに気づかず、ニヤニヤした顔を見られたのでわないかと内心焦る。
「見ました?」
恐る恐る聞いてみると
「あ?何のことだ」
とめちゃくちゃ睨まれたので
「いえなんでもないです。」
すぐさま助手席から出た。
いつのまにか、前方をスタスタと歩く彼を追いかけようとすると「荷物」と顎でさされ「あ、ヤバッ」と取りに戻る。
「のろまは置いてくからな」とまたリヴァイの声が遠くなり、本当に置いていかれると思い彼に叫んだ。

「ちょっ、待って下さい。兵長!」

前を進んでいた彼は立ち止まり此方を勢いよく振り返る。目を大きく開くさまを見て私は一気に血の気が引いた。うそっ、言い間違えたっ‼︎どう言い訳をしようかと考えているといつの間にかにかに目の前に迫っていたリヴァイに肩を強く掴まれる。
そして、切羽詰まったようにこう言った。

「名前お前、覚えてるのか?」

その言葉に私も驚く。そして悟った。
彼は私と同じなんだ。何の為に残っているのか分からない記憶に、それをどうしたって認めてくれないこの世界に.悩まされ続ける日々をこの人も送ったんだ。

「…覚えてますよ。忘れられるわけ無いじゃないですか」

視界が徐々に滲んだせいで、今彼がどんな顔をしているのか分からない。
けどきっと、私と同じ顔をしてるんじゃないかと思った。
暖かい温もりが体を包み、リヴァイに強く抱きしめられる。
その肩は小刻みに震えているようで私も彼を強く抱きしめ返した。

「お久しぶりです。リヴァイ兵長」

詰まった喉を無理やり抉じ開けて出た声は思ったよりもか細かった。


神様は私に試練を与え続ける。それはこの先未来でもそうなのだろうと確信めいたものが私の中にあった。それならば、抗ってやろうじゃないか。この世界が私にとって残酷なものでしかなくとも、今はこの胸にいる彼の為に私の出来ることをしよう。大丈夫。前だってそうやって生きてきたのだから。

あぁ、神様。私はあなたに屈しない。









fin

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