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□憂鬱な日常
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喰種対策局20区支部。琲世は先日から行っているSレートの喰種捕獲作戦の資料を取りに来ていた。
Qs(クインクス)と呼ばれる4人の部下を持ち班長として彼らを統率する立場にあるの琲世だが、これがまたそれぞれ全員が一癖も二癖もある者ばかりでなかなか班として機能しない。それは今回の事件も同じことで琲世の頭を悩ましている。

頭を抱えながら資料庫のある廊下へと進むと、見知った姿が見えた。


「平子上等と、有馬さん!?」

琲世の声にこちらを向いた2人。本来、平子は21区の担当で有馬は全地区を掛け回る特等である為この場所には珍しい2人の存在に、琲世は勢い良く頭を下げてから駆け寄った。


「ハイセ、久しぶりだね」
「お久しぶりです有馬さん。平子上等もお久しぶりです」
「あぁ」
「お二人揃ってどうしたんですか?」


何やら緊急事態かと思い身構える琲世にへらりとした顔で有馬が答える。


「タケとはさっき偶然会ったんだ」
「21区で出没した過去に20区にいたと言われる喰種の資料を取りに」
「あ、そうなんですか?」


びっくりしましたよー。と笑う顔は安堵していて琲世は胸を撫で下ろした。そこで不意に思う。


「あれ?有馬さんはどうして20区に来られたんですか?」


先ほども言った通り有馬は特等捜査官だ。1区から24区を取りまとめてはいるものの、緊急事態以外でしかも用事もなく20区にふらりと来れるほど暇な訳がない。


「ちょっとね」


相変わらず表情の読めない顔で応える有馬。言葉の含みから用事があるのは分かるが、それを意図的に隠すモノ言いにやはり何かあったんじゃないかと琲世は不安に思う。


「あ!居た!」


すると突然有馬と平子の後ろ琲世から見たら前方から高いソプラノ声が聞こえた。有馬達から目を逸らし声を上げた人物を見ると、それはつい最近20区に配属されることになった上司であった。


「苗字さん!」
「やっと見つけた。ハイセ君全然捕まんないんだもん。シャトーの方まで行っちゃったよー」
「あはは…、すみません。」


大分探していたのであろう彼女は、安堵と疲労で大きく息を吐き膝に手を着く。そんな様子を見て、悪いことをしてしまったなと申し訳なさで一杯である。
名前が20区に来たのは2週間前と本当に最近のことで、なかなか周りに良く思われない琲世は新しい上司と上手くやっていけるか心配であったが彼女の配属初日に挨拶に行ってみたところ、


「あなたが「白単翼賞」「金木犀賞」の二つもっ取った佐々木琲世くん⁉︎会えるのを楽しみにしてたの!」


と、握手まで求められたりとそんなことは要らぬ心配のようだった。
また、彼女の気さくな性格柄からすぐに打ち解けることが出来、度々シャトーに料理を作りに来てくれるなどクインクスの彼等とも仲好くしようとしてくれている。
まるで前から知っている友人のように接してくれる彼女に琲世もすぐに心許すようになり、共に過ごした時間は短いが強い信頼関係が築けていた。


「あの、どうしたんですか?」
「いや、ちょっとね。大したことじゃないんだけど、私にとってめちゃくちゃ重大なことが耳に入ったから、ハイセ君にも知っといてもらおうと思ってーーー、有馬さんっ!?」

「やぁ、名前」

先ほどまで真っ直ぐに琲世の方を向いていた名前の視線がちらりと横を掠め、有馬を見た瞬間、びくりと肩を震わせ後ずさった。

「なんで此処にっ、真戸ちゃんからは明日だって…」

顔を引きつらせながらブツブツと言う彼女から只ならぬ様子に、え?え?と琲世はあたふたする。

「はぁ、だからか」

同様に2人の様子を見ていた平子は、やれやれとため息をついた。

「久しぶりだね、名前いつ振りかな?」
「3日前にも会ってるじゃないですか」
「こっちにはもう慣れたかい?」
「お陰様で、皆良い人たちばかりで楽しくやってます」
「名前になかなか会えなくて寂しかったよ」
「だから3日前に会ってるって」

少々擦れた2人の会話と、見たことのない2人の雰囲気に何が何やらサッパリで琲世は平子に尋ねた。


「平子上等、これは一体…?」
「そうか、佐々木一等は初めて見るのか」

しれっと答える平子の様子にこれが珍しいことでは無いと分かり、ますます混乱する琲世。

「あの2人は一時期コンビを組んでいてな…」
「有馬さんと苗字さんが⁉︎」

知り合い達が自分の知らないところで実は面識があったというのはやはり驚くとこである。

「ことあるごとに何なんですか、ちゃんと自分の仕事して下さいよ!」
「今日は休暇だから」
「休暇なら休暇で休んでて下さい!」

なんで仕事場来ちゃってんですか!っと声を張る名前はまるで威嚇する猫のようだ。その間にも後ずさり歩み寄ったりとある意味2人の距離を保っている。

なんでも数年前、まだ有馬が上等になったばかりのころに指導と称して苗字一等とコンビを組むことになったらしい。彼女はもともとアカデミーの首席で、女性でありながらも素早い攻撃と相手の力を利用して上手く防御をする高い実戦力から周囲にとても期待されていた。そこで期待の星とも呼ばれる有馬に指導させたらどうかという声が上がり、新たにコンビが編成された。最初の頃は感覚的に戦う有馬の指導に、意味が全く分からない名前であったが実戦をこなすうちに瞬く間に実力を上げ息のあった名コンビになった。
その時はまだ、名前も有馬のことを尊敬し慕っていたようで。有馬の後ろをよく付いて廻っていたようだ。

誰もが期待し羨望する名コンビ。だがしかし、それはある転機を持って解散された。その転機とは、

「タケ、僕は名前のことが好きみたいだ」
「え」


有馬が名前に恋をしたのだ。

本人曰く誰かを好きになったのは初めてなようでこの気持ちをどうしたら良いのか分からないという相談から、彼女にしっかり告白しろと周りから背中を押され有馬も決心する。そして、誰しもが有馬の明るい未来を思って疑わなかった。が、

「…ごめんなさい!」

名前は皆の予想を裏切り有馬を振ったのだ。「有馬さんのことはとても尊敬してるんですが、恋愛対象として見たことなくて…。それに今は仕事で一杯一杯で……」有馬の初恋は粉砕した。
その後、何事も無かったように時は進んでいくが名前は何も無かったことには出来なかった。名コンビだった2人に綻びが生じ、最悪なことに名前が一度本当に死にかけるというミスが起こる。
これ以上は足手纏いになると考えた名前は解散の申請を出し、上はそれを受理することになった。
背中を押した同期たちは居た堪れなくなり、慰めの言葉を送るが当の有馬は何ともないような顔をして驚きの発言をする。

「確かに僕は振られたけども、僕が諦めなければ失恋したとはまだ言えないんじゃないかな」

有馬のあまりに強いメンタルに誰もが絶句した。
そして有馬の長期戦が始まったのだ。
時間を見つけては名前に会いに行き、食堂で見かければすぐに隣の席をゲットする。部署が分かれてしまい滅多に会えなくなってしまったときは、メールや電話をした。その様子を同期たちは尊敬の眼差しで見ていたが、名前には有馬の思いは捻じ曲がって届いてしまう。

「……なにこの人、怖い」

交わらない想いが続くこと早数年。
攻防戦が続く今現在。
話を聞いただけの琲世にも平子の気持ちがわかってきた。


「というか、なんでいつも私の異動場所知ってるんですか?教えてないのに」
「……和修さんに見せてもらって」
「職権乱用です‼︎」

今までお世話になった恩人の新たな一面を知り唖然とする。あははは、と口からは乾いた笑いしか出なかった。


「何度言ったら分かるんですか、仕事場には来ないで下さいとあれ程言ったのに!」
「……」
「そこ、聞こえないフリしない!」

平子はまた溜息を漏らす。
相変わらず、叶わぬ恋へ真っしぐらに進んでいく上司の姿を見て部下としては複雑な気分である。名前の異動は耳に入っており、今日有馬と此処で会った時点で気付けば良かったと後悔した。

「名前、良かったら一緒に昼食を食べないか?」
「私にはまだ仕事が残ってます」
「待ってるから」
「いつ終わるか分からないんで、先食べちゃってて下さい」

どんなに冷たくされても折れない有馬に、琲世もなんだか尊敬してくる。
有馬の幸せを願いたいが、名前のことを考えるとどうにも素直に応援出来ない。ふと壁に立て掛けてあった時計に目が移り、琲世は「もうこんな時間っ」と声を上げた。

「すみません、有馬さん名前さん。ちょっと急ぎの用があるので、僕行きますね!」
「俺も部下たちが待ってるんで行きます」

琲世が帰るのに便乗し、平子も会釈してその場を去って行く。

「え、ちょっ!」

名前はそそくさと去る2人の背中を見て、呼び止めようとするもすぐに視界に有馬が入り込みその言葉を飲み込んだ。また一歩後ろへ下がろうとすると背中に着いたのは行き場のない壁。名前がちらりと後ろを確認した瞬間に、有馬は距離を一気に詰めた。

「今度お茶でも行こうって約束したよね?」
「……そうですけど」
「そろそろ素直になってくれないかな?」

有馬は名前の髪を梳き、彼女の瞳をジッと見つめる。彼の瞳の奥には熱が燻り何かを訴えているようで、それは全てを暴いてしまうような眼をしていた。そんな眼を見て、名前は顔に熱が帯びていくのを感じる。

「ねぇ、名前」

耳元に吐息交じりの声が掛かり、肩が跳ねた。

「いつまでそんな"フリ"、してるつもりなの?」

その言葉に口を噤む名前。何も言えなくなった彼女を見て有馬は微笑んだ。
名前も本当は自覚していた。自分の気持ちがもうすでに傾いていることを。
只、引っ込みがつかなくなっていたのだ。今まで散々避けていたのに今更この想いを告げることは躊躇ってしまう。

「…素直になんてなってあげません」

吹きながらそう呟くように言う。意地を張り続け、自分と周りに嘘をつき始めたのはもういつのことだったか。
けれど、やはり気持ちには嘘はつけなかい。今度は顔を上げ、至近距離にある有馬の瞳を見つめ返した。

「"まだ"、ですけど」

その言葉に、ふふっと笑い有馬は目を細める。

「臨むところだよ」



長期戦は得意なんでね。









fin.

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