ノーマル短編集
□ノーマルSS
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『遠花火』『舞う花はただ』フリーワンライ企画参加。
「あ、今日花火大会だね」
仕事帰り、駅前のロータリーでどこからともなく聞こえてきた言葉につられ、空を見上げた。なるほど小さくではあるが、円形の光が見て取れる。そういえば浴衣姿の女性をちらほら見かけた。交際相手がいれば、仕事上がりだろうと連れ添って近くまで見に行くものなのだろう。俺は一度も経験したことはないが。
いや、たった一度だけ。こちらから声をかけたわけでも、もちろん声をかけられたわけでもなく、当時好きだった子と眺めたことがあった。
あれはたしか大学受験の年で、俺は花火によって浮かれた街の雰囲気を半ば憎みながら机に向かっていた。同方向にある部屋の窓からでもじゅうぶん花火を鑑賞することはできたが、若かった俺は頑なにそれを拒んで。しかし排除しようとすればするほどチラつくものだ。とうとう耐え切れなくなった俺は窓をがらりと開けて、そして他者の存在に気づいた。
『なに殺気立ってんの』
隣に住んでいた幼なじみが、俺と同じように部屋の窓を開けていた。こちらにわずかばかり視線を向けた彼女は、すぐに視線を空へ戻しながら俺を揶揄した。
『うるせーな』
好意を持ちつつも、近すぎる関係がそれを表に出すのをためらわせていた。くり返すが若かったんだ。俺のつっけんどんな態度にはなれきった彼女は、それ以上つっこんでは来なかった。自分から会話をぶった切ったくせに、このまま部屋に戻るのも惜しい気がして。俺は間抜けに突っ立っていた。
『こんなにきれいなのに』
『ん?』
ややして聞こえてきた彼女の声に、影が差しているように感じたのはどうしてなのか。
『燃え尽きたら、ただ落ちていくだけなんだよね』
『ケンカ売ってんのか』
受験生への禁句をあっさりと口にした彼女は、楽しそうに笑って。
『来年は一緒に見に行こうか』
その約束は、今も果たされないままだ。
END