ノーマル短編集
□ノーマルSS
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共通お題『初チューはレモン味』
私には許嫁がいる。と言っても家が近所で、家族同士仲がよくて、『もう親戚みたいなもんだし、息子と娘を結婚させちゃおうか』って軽いノリで決められたものだ。
そんな暫定許嫁は、高校に入ってからヤンキーになった。理由はかっこいいから。年下の私から見ても、許嫁はおつむが弱い。
「いや、違う」
「あ゛? 何だよ」
私の呟きに反応して、つまらなそうにスマホをいじっていた許嫁が視線を送ってきた。ひそめられた眉間を指で連打したい欲求をこらえて、「何でもない」と答えておく。
素っ気ない返事にすねたように視線を外されたけれど、気にせず思考を続ける。彼はヤンキーじゃなくて、『ヤンキー(笑)』だ。
なぜなら基本的に悪さをしない、ケンカもしない、煙草や酒にも手を出さない。後々面倒になるのがわかっているから。ただ外見と態度だけ悪ぶって見せる、いわゆるファッションヤンキー、ってこの言葉が正しいのかわからないし調べる気もないけど。
「ねぇ、いつまでそれ続けるの?」
「あ゛?」
『それ』が『ヤンキー(笑)』を示している事には気づくのに、改める気はないらしい。いつかは『ヤンキー(笑)』をやめる時がくるだろうに。正直、理解不能だ。そもそも『ヤンキー(笑)』になる前から、彼の言動は私にとって理解しがたい点が多い。たとえば、
「ほら」
目の前に差し出される、レモン味の飴。とても『ヤンキー(笑)』が所持しているとは思えない可愛らしいパッケージ。コンビニの前で『ヤンキー(笑)』仲間とたむろった時、ついでに袋買いするらしい。もちろんきちんとお金を払って、レジ袋を断ってシールを貼ってもらって。
そして会うたびに1つずつ、差し出される。これが好きだと言った覚えはないし、事実、特に好きでもない。
「ありがとう」
それでも素直に受け取って、ビニールを破いて出てきた飴玉を口に含む。酸っぱさに顔をしかめれば、満足げに笑う彼。
「早く分かれよな」
「……何の事?」
「何でもねーよ」
そう言ってまた視線をそらす彼は、ヤンキーと言うより乙女だ。
知ってるよ、『ファーストキスはレモン味』だからって、私に飴を与え続けてる事くらい。でもそれはまだ先の事だって、我慢してるつもりでいる事くらい。そんなエセ紳士なフリなんてしないで、さっさと奪えばいいのに。やっぱり理解不能。
でもいつか、彼の隣を独占したくなったら。今みたいに飴を舐めながら、まるでその時初めて気づいたように振る舞ってあげてもいいかなと思う。
END
完全に手の内に丸め込まれてる。