過去拍手

□その8
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『寝つけない正月』

 そっと薄目を開けて、隣の様子をうかがう。酔い潰れた寝顔まで綺麗な男は、静かな呼吸で安らかな眠りに落ちているようだ。私の不穏な感情なんて知らずに。
 並んで横たわった2人の距離はおよそ10センチ。これがベッドの上ならどんなにいいか。浮かんだ考えを慌てて打ち消した。そんなの無理、たぶんあまりの緊張に過呼吸起こす。

 煩悩はすぐに追い払ったはずなのに、顔が火照ってじわりと汗がにじみ出た。それは深酒した揚句に、こたつに肩まで潜り込んでいるせいかもしれないけれど。何とか冷静さを取り戻すために、今の状況に陥るまでを思い返す。

「え? お前んち、コタツあるの?」

 新年会という名のいつもの飲み会で隣に座った彼が、『コタツ』という単語に異様な食いつきを見せた。確か、年越しはこたつで寝落ちしてしまったというくだらない話を、酔った勢いで私が暴露していた時だ。
 彼と私の関係は飲み友達の飲み友達という、まぁ他人だ。しかし私は彼の事を隣に座る前から知っていた。というか非常に関心を寄せていた。

 イケメンでフレンドリーで、誘われたら拒まないたちで、その癖なぜか修羅場にならない。あんな奴が存在するなんておかしい。私たちの共通の飲み友達である男から、そんな感じのグチを何度も聞かされていたからだ。自分には無縁の世界の住人だとは思いつつ、「そりゃイケメンは正義だもの」なんて軽口を叩いて、話半分に流していたのだが。

 先月だったか、私が参加出来なかった飲み会に、彼が参加していたらしく。ほぅ、というため息と共に、同じく飲み仲間である女の子が、うっとりと視線をさまよわせながら彼の様子を聞かせてくれた。おとぎ話のような世迷言も混じっていたから要約すると。「気がついたらベッドの上だった」との事だ。
 いやいやいや、気づいたらってどう考えたって自分で乗っかったんでしょ。そんな言葉をようやく飲み込んだ。そのテの事にてんで縁遠い私とつるむだけあって、彼女も貞操ゆるっゆるなわけではないはずだ。昔からの知り合いではないけれど、何となくそういうのは感じ取れるものだし。

 とすれば、その場にいたのが私でも、ペロッと美味しくいただかれていたかもしれない。いやゴメン見栄張った、蓼食う虫も、程度に手を出されていただろうと容易に想像できた。そして今日、件の飲み友達(男)がまたもや彼を呼び出し、私たちは初めて顔を突き合わせる事になり、

「ん……」

 唐突に彼が小さく身じろいで、私は思考を一時停止させた。息をひそめて様子をうかがう。もし彼が起きてしまったら、たぬき寝入りするべきか、平然と声をかけるべきか……。うーん、とりあえず逃げていいですか。
 相手が人形のように動かないから、何とか隣で息をし続けていられるのであって。でもそれもそろそろ限界だ。心頭滅却しようにも、イケメンのいい香りが漂ってくるし。

 しかし彼はすぐに眠りの世界に戻っていったらしい。ひとまず安堵したけれど、これでまたここから抜け出す事が出来なくなった。仕方なしに回想に戻る。
 『コタツ』に執着した彼は、飲み会がお開きになった後、私の部屋に行くと言い張った。周りも面白がって止めてはくれず。

 お互いグデングデンに酔っ払っていたし、下心なんて全く感じられなかったし。ついつい警戒を怠った私は、自宅へ彼を招き入れてしまったという塩梅だ。四辺あるはずのコタツは、普段1人でしか使っていないものだから他の3辺に座るスペースがなく。本当に酔った勢いで2人で同じ向きで身を潜り込ませて、心地よい暖かさに眠気を誘われ……今に至る。

「どうしよ……」

 呟いてみたところでどうしようもない、思いとどまる機会は何度もあったはずだ。ここまで来たら彼の出方に任せるしかないだろう。それにしても。また横目で彼の顔を眺めて、心の中で嘆息した。何度見ても美形だ。
 飲み友達(女)の話通りならば、気づいた時にはベッドの上にいなければならなかったのに。ちょっとくらいは意識してほしい、まぁ簡単につまみ食いされる気はないけど。この男はどういうつもりで、私の部屋に入り込んだんだろう。まさか本当にコタツだけが目当て……超あり得る。
 
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