ノーマル短編集

□ベタ×ベタ恋愛
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医者×患者

「我々に残された時間は、あまりにも短い」

 うららかな昼下がり、真っ白な空間の中で、真っ白な服をまとった男が呟いた。彼は私の担当医、私が寝かされているのは病院のベッド。
 彼が使ったのは多分、共感のWe。カウンセラーなどが患者に対してよく使う人称だと聞いた事がある。入院なんて初めてだから、他の医者も使うのかどうかは分からないけど。

 腹痛で担ぎこまれて、気がついたらベッドの上だった。痛みはなくなってるけど、看護師は「先生からお話がありますから」と言うばかりで、未だに病名は告げられていない。
 つまり、残された時間が短いのは私だ。これは事実上の余命宣告という事だろう。やけに冷静に、他人事のようにそこまで考えてから、担当医に視線を向ける。

「そう、ですか」

 つとめて平板に出したはずの私の声は、2人きりの部屋でやけに大きく響いた。短いとして、どれくらい生きられるのか。それを聞いたとして、ぼんやりと流されるまま生きてきた私に今さら何ができるのか。こちらを見つめてくる担当医が私好みの優男風イケメンである事すら、今の私には何の慰めにもならない。

「ですから、私の恋人になってください」

 だから、そんな彼に告白されたところで何の慰めにも……

「……はい?」
「只今お付き合いしている方はいらっしゃいませんよね? いるとしても彼女の一大事に駆けつけない男などノーカンと見なしてよろしいですよね?」
「いやいません、けど」
「そうですか……よかった、無駄な殺生をしなくて済んで」

 え、笑顔が眩しい! ってふざけている場合じゃない、お医者さんがそんな台詞吐いちゃダメだろう。ていうか、これ脅されてる? 付き合わなかったら無駄な殺生しちゃうぞ的な。いやそもそも私、先が短いんですよね?
 あ、何かどうでもよくなってきた。これが私の悪癖だって自覚はあるけど。どうあがいたってすぐに終わりが来ちゃうなら、悩む事自体無駄な気がする。最後にイケメンと付き合えるなんてラッキー。うん、それくらいに考えとこう。

「いいですよ」

 半ば投げやりな気分で承諾すれば、担当医は花がほころぶように微笑んだ。その笑顔を見て、いい加減に返事してしまった事を多少悔いたけれど。
 ちょっと冷静になって考えてみれば、これも患者に対する精神的なフォローの一環なのかもしれない。最後にいい夢を見させてあげよう的な。お医者さんも大変なんだなぁ。



「調子はいかがですか?」
「1時間かそこらじゃ変化は起こらないと思います。ていうか何かあったらナースコール押すし」
「何かあってからでは遅いですよ」
「いやうん、何も起こりませんから他の患者さん診てあげて下さい……」

 はい、安易に返事したのを絶賛後悔中なう。あれから1週間、彼は頻繁に私の病室を訪れる。それはもう、頻繁に。患者の精神的なフォローのためという説は、完全に消えた。だってこれ、すでに重荷だもん。
 私が身動きの取れる状態ならまだ、他の事で気が紛れただろうけど。ベッドから抜け出せない今、どうしたって彼の訪問回数の異常さに意識が向く。余りの頻度に仕事を滞らせているのではと訝って、それとなく看護師さんに聞いてみたけど。返ってきた台詞は私の度肝を抜いた。

『いえ、全く。只でさえ以前から仕事が速くて正確で一目置かれてましたけど、最近ではさらにパワーアップしちゃって。むしろもう少し休んでいただいてもいいくらいです』

 さらに恐ろしい事に。

『あ、でも先生の事だから、休みはずっとこの病室に入り浸りそうですよねー、うふふふ』

 看護師さんは上品に笑ってたけど、こっちは本気で笑えなかった。私はとんでもない変人に好かれてしまったらしい。
 パワーアップって……やっぱり私と付き合い始めたから? いやいやいや、ありえない。だってベッドに寝たままあまり弾みもしない会話を交わすだけで、全く恋人らしい事してないし。

 そもそも、告白された事自体がおかしい。会話したのはあれが初めてだったんだし、彼が私に一目ぼれしたとしか言いようがない状況で。しかし逆ならまだしも、平凡な容姿の私にイケメンが一目ぼれ……『普通がいいんだ』とか? それはそれで複雑だ。
 
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