ノーマル短編集

□ベタ×ベタ恋愛
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先生×生徒

 最初に目がいったのは、綺麗な爪の形だった。板書中にいやでも目に入るその末端は、いつでも綺麗に切りそろえられていて。
 でも普通、オシャレでもない男の人が爪を整えているなんて、神経質そうってイメージしか湧かないけど。それを好もしく思った私は、自覚がなかっただけで、その時すでに彼の事が好きだったのかもしれない。

「というか、もうなんなのあの人。最初は身体の末端1センチが気になっただけだったんだよ? それなのに今じゃ顔見ないと、声聞けないと1日落ちつかないし。知れば知るほど、ってやつなんだけど。もういくらでも語ってられるんだけど」
「あー、いわゆるスルメ系男子ね」
「え、何それ」
「……そうか、イマドキの女子高校生はスルメを知らないのか……」
「いやいや、何でそんなとこで落ち込むの」

 がっくりと肩を落とした保健医にツッコミを入れる。見た目は可愛らしいのに、中身はおっさんっぽい。そんなところも生徒に人気な彼女は、私の恋愛の、唯一の相談相手。なぜなら、

「そんなに好きなら告白してみれば? 意外とOKするかもよ」
「絶賛ラブラブ中の彼女が何言ってんの」

 軽いノリで言い放つ彼女に、白けた視線を向けた。首をすくめてみせる彼女は、案外本気なのかもしれない。本気で彼の事を好きで、彼の幸せを願っているから、恋敵の応援だって出来る。
 私が彼女にだけこの話が出来るのは、彼女と彼が恋人同士だから。その事実を知っているのは、生徒では多分私だけ。

 彼の事を視線で追うようになった私は、ある日2人が楽しそうに世間話をしているところに出くわした。他の子なら、ただ仲が良いんだなとスルー出来たんだろうけど。彼に惚れている私は、2人の間にある空気を、感じ取らないわけにはいかなかった。
 それからは休み時間ごとに彼女の元に押しかけ、それとなく探りを入れてみて。のらりくらりとかわす彼女に業を煮やして想いをぶちまけてしまったら、彼女は笑って私の存在を受け入れた。

「君との三角関係なら、何か楽しそうだけど」
「嫌に決まってるでしょ、そんな不毛な関係」

 本当に、訳の分からない関係だと思う。どこの世界に、好きな人の彼女に恋愛相談する女がいるわけ? しかも実名公開済みで。
 それでも私は、彼女に救われている。10歳近く年上の、教師への想いなんてすでに不毛、それを口に出す事を許されて、まるで普通の恋愛であるかのように相づちを打ってもらえるんだから。

 タメ口で話すのも、彼女から言い出した事だ。「先生と生徒だって、同じ人を好きならライバルでしょ」って。やっぱり、変な人。



「え?」
「知らないの? あの2人、結婚するんだって」
「へぇ……そうなんだ」
「いつの間にって感じだよねー、全然そんな雰囲気なかったのに」

 本気なのかも分からない発破をかけられて数日後、私の恋は思わぬ形で終わりをつげた。現実は残酷なものであるらしい。
 本人たちが公表して、私たち3人だけの秘密だったはずの2人の関係はあっという間に広まった。妙齢の大人が付き合っているんだから、いつかは、とは思っていたけれど。まさか、私が在学中にそうなるとは思わなかった。この前2人で話した時に、言ってくれればよかったのに。どうせなら、本人の口から聞きたかった。

「ご婚約、オメデトウゴザイマス」
「ありがと。そこ座って」

 何となく傍に寄りがたくて、保健室へ足を運ぶのを躊躇してたら、彼女の方が教室に顔を出した。拒絶するのもダサいし、素直に彼女の誘いにのって保健室までやって来て。
 でも私の内心で嵐が吹き荒れてる事なんて、お見通しなんだろう。向かいに座った私の顔を、彼女はじっと見つめてくる。仕方なく、何でもない風を装って口を開いた。

「いつプロポーズされたの?」
「おととい。私が妊娠した事が分かったから」

 彼女の凛とした言葉に衝撃を受けなかったとは言わない、でも。彼女の、まだ平らなままのお腹に視線をやる。あそこに、命が宿っている。見つめている内に、なぜだか心が凪いでいく気がした。
 憎らしい、という気持ちが湧きあがるべきなんだろうか。彼の事が好きな気持ちは、変わらないままだ。でも多分私は、どこかで諦めがついていた。彼女のおかげで、大した痛みもなしに。

「保健の先生がデキ婚はまずいんじゃないの」
「そうみたいね。先生方に白い目で見られるまで気づかなかったけど」
「うわ、やっぱ風当たりきついんだ」

 私が笑うと、彼女も笑った。まるで何の隔たりもない友人同士のように。彼への恋は実らなかったけれど、多分一生ものの縁をつなげてもらえた事に感謝して。ふと彼女が珍しく真顔になって言う。

「急でゴメンね。直接知らせたかったけど、方々に挨拶してる間に噂が広まっちゃって」
「ホントだよ。結婚式には呼んでよね」
「えー、やっぱりやらなきゃダメ?」

 心の底から面倒くさそうな返事に、また笑った。

先生×生徒編、END
 
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