同志向け長編

□寺的秘愛情事〜ケイショウとヨウヒ〜
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 俺たちの出会いが運命だったというのならば。親に捨てられたことも、寺の僧どもに嬲りものにされる日々も、あいつの死すら運命だったというのか。
 そんな運命、俺はいらない。



「ケイショウ、お前は俺の才能を一番受け継いでいる」

 それが父親の口癖だった。不遜ではなく俺は兄弟のなかで一番出来がよかった。商いの才を存分に発揮し、自分の代で店を何倍にも繁盛させた父を幼いころから尊敬していて。
 商家の四男である俺は妾の子供だということもあり、父の跡を継ぐなんてのは望むべくもなかった。けれど十五の成人を迎えたらすぐに父の店で働いて、ゆくゆくは暖簾分けをしてもらって。影ながらでもいい、父の店を盛り立てていけたら。そう思っていた。

 父もそんな俺を憐れんで、あんな言葉をかけ続けていたのかもしれない。いやもしかしたら本気で俺を跡取りにするつもりだったのか。笑えるな、まさか俺と血が繋がっていないなんて思いもしなかったんだろう。
 事態が明るみに出たのは俺の母親の死がきっかけだった。何の予兆もなく突然自ら命を絶った母は、懺悔を遺書として残した。

『俺は父の子供ではない』

 母が死んだその日、俺を取り巻いていた世界は瓦解した。



 責を受けるべき人間はすでになく、手記があるとはいえ真偽のほどは闇に葬られた状況。それでも俺に対する父親の態度は急変した。当然、家のなかでの俺の立場は最下層に追いやられた。
 古ぼけた小さな蔵に監禁され、ろくに食べ物も与えられず。薄暗く淀んだ空間で、俺は自分のなかを流れていく感情と向き合い続けるしかなかった。

 強引にでももたらされた静けさによって動揺は案外すぐにおさまった。その後には母への憎しみと、あっけなく手のひらを返した周りへの怒りが湧き上がり、それも時間の経過とともに薄れていった。
 次に浮かんだのは俺に背を向けた父の姿だった。その悲しみは自分の存在に対する嫌悪感へと変化した。父の血が流れていない自分に価値などない。しかし母親と同じ死に方などしたくなかった。逃げるように死を選んだ母と、俺は違う。その思いだけがかろうじて俺をこの世に繋ぎ止めていた。

 蔵の閂が取り外されるころ、俺のなかに残っていたのはすべてを失った虚無感と、生きることへの疲労感だけだった。やっと殺してもらえる。幽閉され続けすっかり強張った表情筋でもうっすらと口角が上がった。母も死を前にしてこんな心持ちだったのかもしれない、そんなことをぼんやりと考えた。
 しかし蔵から出された俺に待っていたのは、死よりも酷い屈辱だった。
 
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