同志向け長編
□ばかやろー、大好きだ。
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雨が降り続くうっとうしい夜、セフレが連絡もなしに俺ん家に来た。居留守を使いたくなりながらもドアの前に立つ。
すでに寝支度を整えていた俺は、日中ずっと身にまとっていたスーツを脱いで、Tシャツとジャージのラフな格好だ。美形のあいつと並んだら、十人並みの容姿と相まってさぞ見劣りするだろう、が。あいつが俺を外に連れ出そうとした事はないし、俺の格好なんて今さら気にしやしないだろう。
「何だよ、突然」
「いいから、中入れろよ」
不機嫌そうな低い声に、条件反射でゾクッとしてしまった俺は末期だ。結局抗えずにドアの鍵を開けてしまった。ためらいなくドアを開けたセフレの、現れたその姿に愕然とする。
「おま、傘は?」
思わず声を上げた俺には見向きもせず、もちろん問いかけになんて答えず。無言で玄関に足を踏み入れたセフレは、ガチャリと後ろ手にカギを閉めた。俯いたままのダークブラウンの毛先から滴る雫。いつでも腹の立つぐらいに洒落ている私服は、無残にびしょ濡れになっている。その姿はまさに、水も滴るいい男、ってバカか。
「とりあえず風呂入れ」
さすがにそのままでは寒かったのか、無言で従うセフレに、かいがいしく世話を焼いてやる。これじゃ俺、セフレって言うより古女房かオカンじゃねーか。そう我に返った頃には、セフレは常備してある着替えに身を包み、長い手足を折りたたんで、リビングのソファで体育座りをし始めていた。淹れてやったコーヒーのマグカップを両手で包み込んでいるのが、さらに子供じみて見える。
後片付けを終えた俺がリビングに戻っても、ちらりともこちらに視線を向けやしない。こいつが凹んでる時のいつものポーズだ。その理由もだいたい想像がついてしまうから、正直めんどくさい。さすがに精神面の世話までする義理ないし。俺たち付き合ってるわけじゃないんだから。
「何凹んでんだよ、うっとうしい」
無視が一番だとわかっていても声をかけてしまう俺はどんだけ、……どんだけこいつに惚れてんだっていう。
俺とセフレの晃(あきら)はそういうための場所で知り合って、そういう事をするためにつるんでる。付き合いは長い方だと思うけど、それはこいつに飽きられないように、俺が細心の注意を払ってるからってだけだ。
今は、というか俺の前ではこんなだけど。普段はその風貌に似つかわしく王子様のような立ち振る舞いで、人当たりも丁寧だからモテすぎて困る。って本人がぬかしてた。惚れたって面倒で不毛な相手。わかってたのに惚れてしまった。
「やんねーなら帰れよ」
目の前に仁王立ちして、わざとケンカを吹っかけて見下ろせば。晃は体育座りのまま視線だけ上げて、色素の薄い瞳で睨みつけてきた。無駄に背が高いこいつの上目遣いなんてなかなかのレアだ。
威嚇するみたいな表情でも、整った容姿は崩れない。むしろちょっと鋭いくらいがもろ俺の好み。洒落っけのない黒の短髪に真っ黒な瞳、目つきの悪さからいつも不機嫌そうだと言われる俺が、望んで手に入れられる相手じゃないのは百も承知。そんなネガティブな事を考えてたら、眉を寄せたままの晃がマグカップをテーブルの上に置き、ゆっくりとソファから足を下ろした。
「っわ、……おい、やめろって……っ」
ヤバいと思う間もなくぐいっと腕を引っ張られて、晃の膝の上にまたがらされる。自分で煽ったくせに拒否の言葉を吐く俺をあざ笑うように、焦れるほどゆっくりと口を塞がれた。かと思えば強引に舌を絡め取られて。片手で後頭部掴まれて、息すら自由にさせてもらえなくて、キスだけでとろっとろに蕩かされる。
さらに厄介な事に、こいつは相性とかそんなのふっとばすくらいにセックスが上手い。何でこんなに上手いのかなんて、遊び人のこいつに対しては愚問だ。
「ふ、ぁ……」
「ふみ、エロすぎ。つまんねー」
やっと解放されて荒く息を吐く俺を見て、晃は失礼な事を言いながらますます顔をしかめる。誰のせいだと思ってんだよ。
晃と出会うまで、俺は淡泊な方だった。こいつのキレーな外見に騙されて一晩過ごしてしまったのが運のツキだ。たぶんもう、晃じゃなきゃ満足できない。けどそれを表に出したら、こいつは俺に見向きもしなくなる。釣った魚には、ってのが露骨なやつだから。すでにそんな感じだし。
「じゃあ、やめりゃ、いいだろが……っ」
心も晃のもんになってるってバレたら、本当に捨てられる。だから自分でも驚くくらいの可愛げのない言葉を吐きつけ続ける。