拍手シリーズ
□狂愛人形劇
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『人形姫』
誰も、私の名を知らない。
A Puppet Show
「珍しい、かの姫君がいるとは。」
うるさい。
「やはり噂に違わぬ美姫だ。」
黙れ。
「一度で良いから踊ってみたいものです。」
醜い、汚い。
人間の欲望が集められたようなシャンデリアで照らされた広間。楽団の音楽で踊り狂う下衆共。ここは何処もかしこも気持ち悪い。吐き気がする。
何の躊躇も無くパーティーが行われている広間を出ると、私が退席したせいかまた広間はざわついていた。
「ふぅ……。」
ロビーに出て人気が無いのを確認すると、大きく深呼吸する。
もうこのまま帰ってしまおう。どこぞの伯爵の誕生日パーティーなんて、はなから興味無い。ましてや、下劣な笑い声しか飛び交わぬ所なんて。
その辺の使用人にでも馬車を用意させれば良いだろう。この無駄に高価で重いドレスを着た状態では、1人で帰れない。第一、私の屋敷はここから遠い。
高いヒールを鳴らして、ロビーを歩く。屋敷の使用人がいないか探してみるが、人の気配すらない。普通、もっと使用人の出入りは多いはず。元々、使用人の絶対数が少ないのか。いや、それにしても少なすぎる。
ならば、なぜ。
「何処に行くんだい?人形姫サマ。」
突如、若い男の声が響く。あまりに静かなこの空間では、ある意味異質だった。振り返ると、そこには黒いタキシードを身に纏った男が立っていた。闇に紛れて、顔は良く見えない。
「…………。」
私が無言を返している間に、男はどんどん近付いてくる。どういう訳か、私は無視をする気にはなれなかった。否、そんな考えすら頭を過らなかった。
近付いて来る度に、差し込む月光によって良く見えなかった男の顔がだんだんはっきりしてきた。
私は男の瞳があるであろう位置から、視線を逸らせずにいた。
そして、ついに目が合う。
「……初めまして、ミスティア姫。」
どくん。心臓がおかしな動きをしたのが分かった。そして、見つめられるだけで全身が囚われるような、初めての感覚。全ては直感だったけれど、確かに私の中の私が言うのだ。
(ああ、この人はきっと――。)
運命の、ひと。