闇夜のセレナーデ
□月夜の招待状
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「ただいまー」
学校が終わった私は、寄り道することなく帰宅する。高校から自転車で15分くらいの所にある、安っぽいアパートのドアを開けてただいまを言うけれど、返事は返ってこない。代わりにテレビゲームの音がはっきり聞こえてくる。
少しムカッときた私はずんずんと家に入っていき、黙々とゲームに夢中な弟に話しかける。
「ただいま、湊」
「おー、おかえり莉都」
「いい加減名前で呼ぶの止めて、ちゃんと『お姉ちゃん』って呼びなさい。あと、TVに近いからもう少し離れてゲームしなさい」
素直にTVから離れた湊は、私の弟。中学生特有の反抗期真っ盛りで最近生意気になったものの、心根までは腐っていないので大目に見ている。
「……お母さんとお父さん、今日も帰ってないのね」
「……帰って来る訳ないじゃん」
私が呟いた言葉に反応して、湊は、コントローラを動かす手を止めた。私はそれに気付かない振りをして、リビングに一枚だけ飾ってある写真を手に取った。
莉緒は何も言わなかった。
その写真は、家族全員で写った最初で最後の写真。まだ小学生の私と湊が、無邪気な笑顔で写っている。
――もうこの頃には、決壊していたのかな。
「なぁ、もう諦めろよ」
「…………」
「俺らは、どうせ」
「“捨てられた”でしょ?」
お母さんとお父さんは昔から忙しくて、家族が家に揃うなんて滅多になかったけれど、2人とも家に帰って来てくれてた。
でも、私が高校に上がった途端、ぱったり帰って来なくなった。毎月お金だけ振り込んで、お終い。手紙も、電話さえ無くて。
私と莉緒は、もう2年、両親に会っていない。 きっと私達は捨てられた。決定的な言葉を聞くのが怖くて、私も湊も動けないまま、ただ無為な時がすぎてゆく。
――お前たちなんかいらない。
この言葉さえなければまだやり直せるなんて、馬鹿げた希望を捨てられないまま。