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□悲しいワルツ
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黙ったままの私に、遠慮がちな言葉が来た。
「さぞショックでしょうね」
固く握った拳に、
「貴方が失ったものは、もう取り戻せませんが……」
意外な程がっしりした掌が、重ねられた。
「ここは大丈夫です。食糧も水もたっぷりありますし、家は頑丈で、吹雪やハリケーンにも充分耐える造りです。
それに島といっても、そんなに狭くはないんですよ。岬には灯台がありますし、森にはリスが居て草原にはウサギが」
「ありがとう。解ったから、少し放っておいてくれないか」
棘のある返事に、キンブリーは口をつぐんだ。
ドアが開き、閉まる音がした。部屋を出ていったのだろう。
拳を解いて手を広げ、自分の顔に触れた。
なんの傷もないし、どこも変わっていない。
だが。
見えない。
化学兵器で、おそらくはガスで、視神経をやられたのか?記憶が欠落しているのもそのせいか?
ヒューズの、相棒の顔が、白い闇の中、朧げに浮かぶ。
馴染みのダイナーやピザ屋の主……隣のノックス医師夫妻……そして、リザ。私の恋人。
もう、会えない……?
指先に触れたものに、私は独語した。
「見えなくても、涙だけは出るか」
拳を握り、自分の太股を打った。
「何故だ。誰が。何のために」
意味のない問いと怒りを、ノックが留めた。かろうじて自制心を取り戻す。
「どうぞ」
「食事を用意しました」
穏やかな声でキンブリーは言った。
ガラスと金属が触れ合う音がして、
「オムレツとビーフティーに、パンケーキです」
「ありがたいが、しかし私は……」
「安心なさい」
小さく笑い、
「ちゃんと、食べさせてさしあげますよ」
キンブリーは私の頬にそっと触れた。



(続く)
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