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□愛が私に語りかけるもの
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入院はこれで二度目だ。
『なんでもいい。イシュバールに関する資料を集めろ』
耳が、隣室のやり取りを壁越しに捉らえる。どうやら退屈というものは、ひとの感覚を研ぎ澄ますらしい。
『で?』『政策を練る。新たな和解と共存の第一歩だ』『変わりませんね大佐は』『当たり前だ。昨日と今日で別人になってどうする。資料はイシュバール語でもかまわん、読めるから』
自信に充ちた声が途切れた。
『すまん。協力してくれるイシュバール人を見つけてもらえるか』『アイサー』
部下たち、飛び交う命令と報告。私とは違う。何もかも。ひとりきりの病室で、一滴、また一滴、透明な管の中で輸液がしたたる音だけが響く。ふと思い出した。
『舐めた口きいてると命綱ぶっこ抜くぞ』
マイルズ少佐。からかいがいのある男だったが、今この瞬間何をしているのか。防眩眼鏡の蔭でぎらつく紅い瞳や殺意を抑え切れない声音を懐かしく思い出した。
もし再会できたなら。
彼はためらわず拳銃を構えて銃口を私に向け、トリガーを絞り続けるだろう。弾倉が空になるまで。私も座視はしない。いきなり脚元を爆破して覆すか、まずは素手で渡り合うか、いっそ拳銃を握った指だけ錬成して……屈辱と苦痛に歪む顔を脳裏に描く。
「いかがですか、キンブリー少佐」
明るい声に、暗い悦びを断たれた。
「ええ、すっかり元気になりましたよ」
「救命処置されたドクターのおかげですわね」
看護師は体温計を渡し、微笑んだ。
「よほど生体錬成に長けた方だったんでしょう?」
「その道の権威です。ところで」わざとらしく囁く。
「お隣りはひょっとして」
「ええ、マスタング大佐です」
「負傷ですか」
看護師は頷いた。
「目です。視力を失われて。余後は……」
「ふむ」
「それでも意気盛んでいらっしゃるんですよ」
「そのようですね」
「あの、何かお伝えしましょうか?少佐もいろいろあったんでしょう、イシュバールでは」
心配そうな丸顔を眺めた。裏はない。ラースの、大総統直々の命令で搬送された患者を気遣かっているだけだ。
「いえ、差し控えます。今回私は機密任務についていましたので、ここに居ること自体、表沙汰になってはまずい」
「皆に申し送っておきます」
「お願いしますね」
渡された体温計を読み、看護師は笑顔になった。
「お熱ありません。退院、早いといいですね」
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