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□悲しいワルツ
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目が醒めたら、霧の中だった。
何もかもぼやけて、白い薄闇に抱きこまれ、見えない。
辺りを探る。どうやらベッドに横たえられ、毛布を掛けられているようだ。
「気が付きましたか」
低い声が優しく囁いた。初めて聞く、男の声だ。
答えかねていると、
「貴方は浜辺で倒れていたのです。で……」
「助けてくださったのですか」
男は笑った。愉しくて仕方ない、と言わんばかりに。
「失礼、自己紹介を忘れていました。キンブリー、ゾルフ・J・キンブリーです。貴方は?」
「ロイ・マスタング。ニューヨーク市警第87分署、部長刑事。ここはどこです」
白い闇の中、キンブリーは遠慮がちに言った。
「かつてはロングアイランドの一部でした。正確には、ニューヨーク州サフォーク郡セントラル島と呼ばれていましたよ」
かつて?
「覚えていないのですか」
そういえば、昨日分署を出てからの記憶が、何も……
「あの災厄を?」
気配が近付く。
「それに貴方、見えてませんね」
頬を掌で包み、
「可哀相に」
男が囁いた。
「何があった?教えてくれ」
「テロです」
「どこで。誰が。どのようにして」
「地下鉄とセントラルパークで、化学兵器が作動したとか。誰がやったのか、私には解りません。
事件直後のニュースでも諸説ありましたし」
優しい声で、男は続けた。
「生きている人間を見たのは、貴方で一月ぶりです」
「市警や消防局は?州兵は出動してないのか?」
「どうでしょうね」
男は静かに言った。
「テレビもラジオも今週に入ってからはノイズだけで、ネットニュースも更新されていない。
壊滅したのは、NYだけではなさそうですよ」


(続く)
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