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□懐かしい場所の思い出
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「じきにトンネルです。煙が車内に入らぬよう、窓をお閉めください」
コンパートメントのドアを軽く叩き、車掌が声をかけてきた。
「ありがとう」
軽く会釈してチップを受け取り、車掌は去って行った。
私は窓を閉め、座席の背もたれに身を預けた。後ろに流れて行く緑の海を、玉蜀黍畑を眺める。
吐き気をもよおす景色だ。私にとっては。
行く手に山並みが迫り、窓が暗い鏡になった。このトンネルを抜ければ、じきにダブリスだ。
身を起こし、窓に映る自分と向かい合う。
規定通りの灰色通常軍装、右袖に光る五本の金の筋、その下には錬金術専攻を示す緑の大総統紋章。
左袖には、喪章。
整えた髪が陰に溶け、取り澄ました顔がほの白く浮かび上がっている。
非の打ち所ない、服喪中の将校生徒の姿だ。
だが、中身は変わっていない。
農夫あがりの、無力なこそ泥小僧のまま、きらびやかな上塗りを重ねただけ。
私は窓ガラスに触れた。指も掌も亡霊のように白い。
暗い鏡に押し当てた。
瞬間、鏡は失せた。
機関車の煙が切れ、明るい景色が戻る。
緑の海が去り、家並に、街になった。
列車は緩やかに減速し、駅に入っていく。
プラットフォームを見た。
黒づくめの男が独り、一等車の停車位置に立ち尽くしていた。
ドアを開けるや、
「俺の咎だ」
グリードは低く呻いた。
「状況を聞かせてください」
「来い。車がある」
「運転手は」
「俺の手下だ」
あの不細工なんかじゃねえ、と吐き捨てた。
黒塗りのセダンの運転席には、大柄な男が窮屈そうに座っていた。
振り向いて会釈する。見覚えのない顔だ。
「会えますか」
「ああ。葬儀屋に無理言って、お前の帰りには、なんとか間に合った」
「それほど……」
呑み込んだ言葉を、グリードが継ぐ。
「酷えもんだった」
「あれ達の仕事ではないでしょうね」
「……違う」
グリードは噛み締めた歯の間から、言葉を押し出した。
「人間の仕業だ」


(続く)
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