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□人形と旅する男
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その男を初めて見たのは、イスタンブール駅のプラットホームで、パリ行きオリエント急行一等客車の前でした。
冬の最中だというのに白いスーツで、コートもマフラーも白なら靴にも白いスパッツを付け、子羊革の手袋、帽子まで白、白、白。
唯一ネクタイは血のような赤で、ただでさえ人目をひく風体に、チェロか何かでしょうか、結構な大きさの楽器ケースを携えていました。
身なりだけでなく、容貌もいささか変わっていました。
背中に垂らした長い黒髪をうなじのあたりで結んでおり、遠目の後ろ姿で(ああ満州旗人か、それにしても古風な)と思ったことです。
あまり不躾に眺め過ぎたせいか、男は振り向いてゆっくり歩んで来ると、きれいなフランス語で話し掛けて来ました。
「どうやら30分遅れで発車するようですよ」
銀時計の蓋をぱちんと閉め、珍しい事ですね、と付け加えました。
間近で向き合うと、東洋人ではありませんでした。瞳は青で、肌は血の気を感じさせないくらい白く、彫りの深い、整った……なのに英国とも独逸とも北欧ともつかない、何処の国の者でもありませんよとでも囁いてきそうな、そんな顔をしているのです。
「日本の方ですか」
尋ねるというより、確かめるような口調で男は言いました。
「炯眼ですね。でもなんでそうお思いになりました」
「さあ。勘ですかね」
「あなたは」
「おや、もういいらしい」
どちらの方ですとの私の問いを逸らし、男は目で車掌を示しました。
「ああ、申し遅れました。ゾルフ・J・キンブリーです」
帽子に手をやり、男は会釈して唇の端を吊り上げました。
(続く)
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