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□愛が私に語りかけるもの
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音が聞こえた。冬、木々の梢をなぶる北風に似た、高く細く執拗な音が。そして声も。だが視界は暗いまま。何も映らない。
「こんなところで脱輪かよ、下手くそ」「重量オーバーだって。そんなやつまで乗せるからだ、私のせいじゃないやい」
『喧嘩してる場合じゃないでしょ。持ち上げて道に戻そうよ』「よし、みんな降りろ」「私も手伝うよ」『ドクターは離れててください。僕たちだけで大丈夫です……あの、ハインケルさん?』
「なあドクター」「何だね」
「俺が言うのも妙だが、少し楽にしてやれないか」
「あーもうほっとけそんなやつ」
「でも苦しそうじゃないか」
「やってきたことの報いだろ。何人殺したんだよこいつ。あんただってあやうくミンチにされるとこだったろ」
「けどなあ、なあドクター」
「たしかに彼ひとりに負わせるのは間違いかもしれん。そもそも私があんなものを造らなければ」
沈黙の下を、風の音だけが流れる。
「キンブリー、聞こえるかね」
ええ聞こえていますよ、ドクター・マルコー
言おうとしたが、風音が強まるだけだった。
「今から損傷した気管と動脈をそれぞれ接合する。これで少しは楽に逝けるはずだ。私から君への、せめてもの謝罪だよ」
謝罪など必要ありません
声にならない叫びを蔑ろに、赤い光が暗がりを染めた。
「行こう。車は捨てて走るぞ」『はい』「うむ、急ごう」
ひとの気配が遠ざかる。風が止んだ。なのに寒い。震えが全身を揺さぶり、死が肩を抱く。だが、
「何をしているのだね」
穏やかな低い声が、私を引き戻した。
「退役許可を出した覚えはないぞ。君はまだ生きているがいい。そして見届けよ。我々と人間、どちらが選ばれるかを……そこの諸君、来たまえ。キンブリー少佐を軍中央病院に搬送するのだ。最優先で治療に当たらせるように」
アイサーの答えに打たれ、私は意識を手放した。
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