届く距離に

□ 錦絵物語 参
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神谷道場で行われた宴会から三時間後。

新月の夜の星明りもわずかな闇に紛れて元・赤報隊一番隊の男が二人。

明治政府の中枢、内務省の前にその姿を現した。


冷たい風が静かに通りぬける。
内務省の門番であろう二人の男の姿を確認した左之助と月岡は合図を送り合うと炸裂弾を地面に落とす。

火を灯す炸裂弾は重力にしたがい、地面を接触する。
その瞬間――激しい爆発音が鳴り響く。

「!?」

「な…なんだ!?」

「爆弾!?」


爆発は一回では止まらなかった。
連発するようにあたりで爆発が起き始める。


「連発だ!まだ犯人が潜んでいるぞ!」

「警備の者を全員、門へ集合させろ!!」


指示を送る警備の男。
だが、その指示は無駄な物になる。
なぜなら――犯人は門に潜んでなどいないから。


「導火線の長さを調節して爆発に時間差をつけたって訳か。考えたな」


ひたすら走り、内務省内部の壁へと距離を縮める二人。


「このまま屋内に侵入すればもう成功したも同然!!
内務省は木っ端微塵だ!!」


先を走る月岡は、走りへの疲れをまったく感じさせずただ叫ぶ。


「警官共が戻ってくるまでが勝負だ!
一気に庭を抜ける!立ちどまるな!!」


ひたすら左之助に指示を送った月岡は軽く方向を転換させ、左之助と向き合う形になると一瞬で壁との距離をゼロにする。
そのまま組み、腹の前に持っていった両手が何秒か遅れてきた左之助のジャンプ台へと変化する。
左之助が自らの手のひらに乗ったのを確認し、目一杯高く手の平を上げる。

そのまま宙へ浮かんだ左之助は高い壁を乗り越え、軽く着地すると月岡が登るのに手を貸す。


――…そういや確か…

――隊長も赤報隊を結成する前は幕府撹乱の為に火付けや強盗をさせられたって聞いたけど…やっぱ…


「……」


物思いに耽った左之助は旧友の変化に気づく。


「どうした克?何ボサッとして…」


気配。
後方での気配。
経験が、反射神経が左之助を振り向かせる。


「………」


そこには、鋭い目をした小柄な男が一人。


「剣心…」


次々と後方で激しく爆発する炸裂弾。
壁に上りきった月岡は静かに口を開く。


「俺達より先に内務省に這入り込んでいたというのか…何者だあの男…?」


月岡の声色は明らかに困惑と驚愕が入り混じっている。
左之助は剣心を見つめ、剣心の素性を漏らす。


「緋村抜刀斎、伝説の人斬りだった男だよ」


「そうか…あの噂に名高い『人斬り抜刀斎』か…」


はるか高みの壁から飛び降り、軽く着地した月岡は一歩一歩確実に剣心との距離をつめ、問いかける。

「左之助を連れ戻しに来たのか?」

「いや…。
これは左之が一人の男として選んだ行動…拙者がどうこう言う筋ではない。
拙者はお前たちの凶行を阻止しに参った」


静かに抜刀する剣心を視界にとどめた月岡は目をギラギラと光らせ、炸裂弾を懐から取り出す。


「……維新志士がまた、俺達の前に立ちはだかるか」

「だが、今度は負けん!!」


炸裂とした空気の中、場違いな声が響き渡る。


「―強情ですね。月岡様」


声のした方向――後ろを振り返ればそこには撫子の姿。
だが、3時間前とは明らかに違う点。


「やはりあの時、殺しておけばよかったのですかね…」


撫子の目には月岡が言った「ヌルさ」など微塵も感じられず――ただ爛々と輝いていた。









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