届く距離に

□ 錦絵物語 弐
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「克…お前、一体何を企んでいるんだ?」


座っている状態から少し腰を浮かせ、警戒態勢に入る左之助。


「何をと言われても赤報隊の目指すものは一つ
隊長の夢見た真の四民平等の新時代。
邪魔な明治政府を叩き潰すまで」


笑みを浮かべる月岡。
旧友に対して浮かべる笑顔とは違うなにか企みを抱える笑み。
そんな月岡の笑みを否定するように、左之助は静かに言葉を紡ぐ。


「…絵ばっか描いてて先の戊辰戦争を知らねーって訳じゃねいだろうな。
維新の大豪傑、西郷隆盛と西郷に従う屈強の薩摩隼人達でさえ半年しか持たなかったんだぜ」


組んだ両手に顎を置き、鋭い目を輝かせ月岡は語る。


「西郷が兵を挙げた鹿児島は日本の端だ。
そこでいくら戦おうと所詮、徒労に過ぎんさ。
俺の標的は日本の中心地、つまりここにある」


なんともいえない空気が充満する。
十年の間に変わってしまった旧友の誘い。

思い出をもう一度。
背負わされた悪を掲げ、政府に力を。
所詮はただの自己満足と分かっているが、左之助は月岡の誘いを否定できない。
――なぜなら、自分も同じ思いを持っていたから。


「内政全てを統括する『内務省』。
まず手始めにここの機能を完全に停止させる。
欲をいえば陸・海軍省と大蔵省も同時に潰したいところだが一人では無理なんでな」


「一人!?」


「他人なんか信用できるか。
まぁ、多少の権力を松井殿から借りたが――この計画は全て一人で進めて来た」


立ち上がった月岡は近くにあった押入れの戸に手をかけ、なんの躊躇いもなく開け放つ。


「だが一人でも俺にはこれがある。見てくれ」


そこには押入れいっぱいに敷き詰められた爆弾らしきもの。


「赤報隊で培った鉄砲火器の知識を元に造った炸裂弾だ」

「!」


よほど無理やりに入れたのであろう、押入れを開けた瞬間にポトポトと数個転がり落ちる。


「アシがつかない様、慎重を期し十年もかけた自信作だ。
一介の絵師がまさかこんな物を造っていたなど誰も思わんだろう」


驚愕する左之助を余所に、自ら作り上げた炸裂弾をうっとりと眺める月岡。


「これで次々に各省庁を爆破して中央の力を削げば、全国各地にいる不平士族や農民による一揆が自然と多発するようになる。
西南戦争で消耗して弱っている今の政府ではひとたまりもない。
あとは雪崩式に崩壊するのを待てばいい。
そしてその後、真の四民平等の時代を築き赤報隊と隊長の汚名を晴らすんだ…」


爛々と目を光らせる月岡。
彼の瞳には既に欲しか映っておらず、左之助の顔色を見ようともしない。


「内務省の見取り図は既に入手した。
決行は明日、新月の上に人気が最も少なくなる日曜日の夜」


元居た場所へと移動し、座り込んだ月岡は酌を取ると口に運ぶ。


「…左之、今を楽しくやっているお前に無理強いする気はない。
だが俺は元・赤報隊として一人でも決行する。
明日の日暮れまで考えて返答をくれ」

「……」

黙ったまま自らの酌に酒を注ぐ左之助は静かに呟く。


「…無理だな」










月岡の家を出て、帰宅しようと夜道を歩く左之助。
足取りは重い。
酔っているからなのか。
気分が悪いからなのか。
考え事をしているからなのか。

真相を知る者はいないだろう。


――いくら西南戦争で消耗しているったって爆破事件と散発的な一揆で揺るぐほど明治政府はヤワじゃねェ

――決行しても神風連や萩・秋月の乱の二の舞だ

――十年間一人で赤報隊と隊長の汚名を晴らす事だけを考えていたアイツにゃ『今』が見えてねェ


自分の中に浮かぶ様々な感情。
様々な記憶を思い浮かべれば、自分を変えたきっかけの事件からもう十年。
記憶を辿れば最近のことばかりで、赤報隊のことは色あせているのではないかと不安にもなる。

必ず思い浮かぶのは、楽しそうに笑う新しい仲間達と、撫子の姿。


「十年間…か…」


旧友の心の声を聞き、十年前のことを思い出し、また新たに自分とも向き合う。
そして、知らなかった撫子の顔も知ってしまった。

風が、後ろから吹き抜ける。


「…くそっ」


何をすべきか、如何すべきか。
自分はどの道へ進みたいと思うのか。
旧友を選ぶか、今の仲間を選ぶか。
過去を掘り起こすか、今に縋るか。


「もう春だってのに、冷めた風が吹きやがる」


そんな左之助の独り言は、春の風とともに夜空を翔ける。


彼が何を選ぶのかは、彼だけにしかわからない事なのだから――










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