ロストセイバー

□第一話「ただ一刀の元に……斬り伏せる」
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 桐谷時継9歳。彼はハーフだ。父は日本人だが、母は明らかに違う。父は黒髪に黒目という一般的な日本人という感じだが、母は水色の髪に蒼い瞳という完全異国臭漂う容姿である。目鼻立ちもスッとしており、どこか清楚な感じがする母だった。
 だが、時継は母の容姿を全く受け継いでいない。時継の髪も目も黒く父と同じだった。
 小さい頃は、お母さんっ子で母に甘える子供だった。剣術も母から教わり、父は時々自分の教え子を教える合間に、教えてくれるような感じだった。
 それが時継にとって居心地がよく、父も母も幸せそうで、嬉しそうで、自然と微笑んでいた。
 それが桐谷時継が5歳のときに脆くも崩れ去った。

 ――母の死という事実で。

 時継はその当日に何をしていたのかよく覚えていない。部分的な記憶喪失みたいなものである。
 ただ、母が死んだ事実を認識したとき、涙が枯れるほどに泣き、悲しかった覚えがあるのは確かであった。
 そして、時継が悲しみに暮れた次の日。時継の父――桐谷誠司が突然時継に剣を教え始めた。それは今までのような厳しくも優しい、暖かさを感じさせるような教え方ではなく、ただただ厳しく、まるで血反吐を吐くような訓練のようだった。
 何度もやめようと思った。父から逃げて、こんなことやめようと思った。でもやめられなかった。理由があったから。剣をやめられない……そんな理由が。
 そうだ。やめるわけにはいかない。剣だけはやめちゃいけない。だってそれは……。


 時継と黒い毛玉の間に出来た光は、黒い毛玉を吹き飛ばした。よくよく見れば、それは時継の首にかかる丸い宝石から生まれているようだ。
 それを確認し、時継は導かれるように宝石に触れた。宝石は光を放ち続け、時継に心地いいような、暖かな気持ちを持たせてくれた。
 こんな気持ちになったのは数年以来だな……。
 思わず顔が綻んだ。その時――

〈君がボクのマスター?〉

 何かの――機械音声のような淡々とした声が聞こえた。時継は綻んだ顔をシュッと切り替え、目つきを鋭くさせると、誰だといった具合に周囲を見る。
 しかし、周囲を見ても、謎の光に当てられて、動けない様子の黒い毛玉と突然現れた俺に驚いた様子の女の子とこれまた何だか驚いているように見えるフェレットしかいない。
 と思った瞬間――

〈君がボクのマスターじゃないの?〉

 また聞こえた。
 流石にもう空耳とは思えない。一体誰だ? 誰が俺に話しかけている?
 ただ疑問のみが頭を巡る。
 そこで、どこから聞こえたか思考を巡らす。右? 左? 前? 後ろ? どれも違う気がする。ならば、残るは上か下か。

(そうだ……確か下から聞こえた)

 恐る恐る視線を下に持っていくと、いつの間にか宝石をぎゅっと握りしめている自分の腕が見えた。
 まさか……いや、でもこれしか考えられないんじゃ……?
 そう思いつつ、半信半疑でぎゅっと握る手を緩め、中にある宝石を見つめる。すると、すっかり光の止んだ宝石は明滅を繰り返し――

〈やっと気づいたねマスター〉

 と喋りかけてきた。
 予想していたとはいえ、流石に驚いた時継は思わず宝石を放りだしそうになりながら、なんとかそれを思い留まらせ、なるたけ冷静に努めようと言葉を発する。

「お前はなんなんだ? マスターってどういう……?」
〈マスター! 右に避けて!〉

 話の最中、突如宝石が明滅を激しく繰り返し叫んできたので、思わず右に跳ぶ。
 その瞬間、黒い何かが横を通り過ぎ、壁にぶつかった。
 時継はなんとか今の状況をごちゃごちゃ考える思考を自制して、受け身をとって体勢を整える。
 どうやら、あの黒い毛玉が再び動き出したようだ。もう一刻の猶予もない。あの毛玉を何とかしないと……!

〈マスター、セットアップって言って!〉
「はぁ? こんな時に何を言って……!」
〈早く!〉

 必死に語りかけてくる宝石からの言葉に、この状況を打開する方法がないか自分の中で思案しつつ、耳を傾ける。
 くそっ……どうしたらいい……! あんなのに素手で敵うはずがない。かといって、武器があっても無理だ。誰かを呼ぶのは無理。そんな時間はない。それ以前にあれに対処できるものがいるかも怪しい。どうせ、どれもダメなら……!

「わかったよ! セットアップっっ!!」

 やぶれかぶれになり、その機械音声の言う通りに言葉を発する。
その瞬間――

「――ッ!」

 身体が光に包まれた。そこからはスローモーションのように世界が動く。
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