ロストセイバー

□プロローグ
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 どうしてこう夜の街っていうのは、俺の心をざわつかせるのだろう?
 そんなことを思いながら、少年――時継は夜の街を徘徊していた。
 時継――というより、子供にとって、あまり夜に外に出るという機会はそんなにない。それ故に、ひとたび外に出れば、なんとなく心が躍るということがあるのだろう。もしかしたら、いつもと違う何かがあるのではないかと。
 時継にとってもそんな心の動きが見える。
 しかし、時継はその他にも気を散らす事柄があった。

 ――父さんはなんだって、そんなに俺に剣を教えたがるんだよ……。

 実の父のことだ。
 今日も些細なことで父と喧嘩し、飛び出してきてしまった。それは今日に限ったことではない。1週間に4、5回くらいの頻度で喧嘩が起こる。それはただの口喧嘩もあれば、殴り合い(時継が一方的に殴りかかろうとしているだけで、父の方は受け流すだけ)もある。
 とにもかくにも、時継にとって父の存在は自分を苛立たせる存在でだった。
 だが、苛つきの原因は自分にもある。そんな苛立たせる存在の言うことを聞くしかないことにも苛々するのだ。所詮自分は子供で、あっちは大人だ。どんなに抵抗したところで、最後には命令を聞くしかなくなる。
 だけど、どっちにしたって剣は捨てられない……。
 時継は立ち止まり空を見上げる。空に星々が煌めき、絶えぬ光を放っていた。
 母さんが生きていた頃は、いつも剣の稽古ばかりをしていた。母さんと……父さんと一緒に3人で……。俺がやっと竹刀をまともに振るえるようになると、母さんは俺に微笑んで、「偉いね。よく頑張ったね」と褒めてくれ、父さんは何も言わなかったけど、それでも嬉しそうに目を細めていた。俺はそれが嬉しくて、なおさら剣の稽古を頑張った。
 なつかしい……あの頃は楽しかったのにな……。
 そう1人心の中で言いつつ、首にかかる丸い宝石に触れる。

 ――母さん……。

 空を見上げるのをやめ、地面に視線を落として再び歩き出した。
 その瞬間、どこかで微かに何かが壊れる音が聞こえた。

「なんだ……?」

 音源はどこか。周囲を見渡し、耳を澄ませる。
再び物が壊れる音がした。

「こっちか……?」

 音を聞きながら、それとは違う何かにも突き動かされるように、音の方へ向かう。
 何故だろうか……感じる。こっちだ……。
 もう時継は、ほとんど音を聞いてはいなかった。ただ感じるままにそこへ向かう。何故場所がわかるのか。一瞬頭をよぎるが、それでも足は止まらない。その場所を目指す。
 どうしたんだ俺は……? どうしてこんなにも焦っている? 俺の何かが警告を鳴らしているのか。心臓の音が聞こえるほど高鳴って、今にも飛び出しそうだ。なんでだ……どうして俺はこんなに……わからない。わからないけど、俺はそこに行かなきゃいけない気がする。
 そんな自分でもわからない感情に振り回されながら、時継は走る。
 しかし、曲がり角を曲がろうとした瞬間、ひときわ大きな音が時継の耳に押し寄せた。
 驚いた時継は思わずその場に静止。曲がり角の向こうを覗くように、そっと顔半分を壁の向こうに出した。

 ――なんだよ……あれ……?

 思わず言葉を失う。そこでは、黒く丸い毛玉のような何かが、女の子を襲っていた。その近くにはフェレットのような動物もいる。
 あのままじゃあの子が……! 誰か助けを。でもあんなの誰に言えば……! 一体どうしたら……。
 あまりの事態に思考に更け込みそうになるが、再びの壁の壊れる音で現実に戻る。
 女の子は毛玉の攻撃をかろうじて躱したようだが、黒い毛玉の目の前で膝を着いている。黒い毛玉はその女の子から、少し間合いを取った。時継の剣士として育った経験が、その黒い毛玉の行動の予兆を告げる。
 まずい……! 飛びかかる気だ! 殺られる! もう誰かを呼ぶ時間もない! どうすればいい! このままじゃあの子が……!
 その瞬間、何かの映像が頭に浮かぶ。胸を貫く腕。その腕から滴る赤い血。貫かれているのは、水色の髪の……。

「ぅ……うわあぁっ!!」

 時継は知らずに叫び飛び出していた。今の映像が何なのかわからない。ただ“失いたくない”と。ただその一言が浮かんだ。もう誰も失いたくないと。それはきっと、お母さんが死んだから、そのことで人の死に敏感になっているからだろう。
 時継は全力で走り、飛びかかろうとする黒い毛玉を間合いに捉え、更にスピードを上げる。女の子は、叫びながらこちらに走ってくる少年のことを驚いた表情で見る。どうやら、腰が抜けて動けないようだ。
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