detective conan

□君にあげる花を摘む
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波音が聞こえる。
そんな音に混じる子供たちの声。

「俺、絶対巨大ウナギ釣るぜ!」

「歩美もがんばる!!」

「僕も負けませんよ」

いつもは元太のウナギ話を呆れながら聞いている歩美と光彦だが、
今日は二人もやる気満々なようだ。

「ま、今日は絶好のウナギ釣り日和かもしれないわね」

「ウナギは川の水が濁ってるほうが釣れるからな。
 昨日の雨で多少は釣れやすくなってるんじゃねーか」

「これで、小嶋くんの機嫌が直るといいけど」


最近の元太はずっと機嫌が悪かった。
ここ三ヶ月はうな重を食べていないかららしい。
元太が毎日のように「うな重を食べたい」とつぶやくのを聞いて
彼の両親が「自分で釣ってくるならいくらでも食べていい」と言ったという。
それを聞いた元太は、すぐに阿笠に連絡し、
ウナギ釣りに連れて行ってほしいと頼んだのだ。

後日、それを聞きつけた歩美と光彦も参加すると決まるのは当然のことで。
コナンと哀は「行かない」などとは言えるわけもなく、今この場に来ているということだ。


「………にしても、灰原のその格好」

「なによ」

「いや。灰原にしては珍しい格好してるな、と。
 しかも釣りをしにくるっていう日にわざわざ」

哀自身もそれは思ったりもした。

釣りに行くというのに、白いワンピースなど着てくるべきではなかっただろう。

しかし、これは昨日博士が哀の為に、と買ってきてくれたもので
「明日にでもこれを着ていきなさい」と
うれしそうに哀に手渡した。

「あんな顔されたら着るしかないじゃない。それに………」

「?」

「ちょっと、懐かしく思っただけよ」





「ったく、全然釣れねーじゃねーか。
 ウナギを釣るには絶好の場所なはずなんだけど………」

「名探偵さんでもさすがにウナギの気持ちまではわからないようね」

「うっせ。俺は釣りは苦手なんだよ」

釣りを始めてから約二時間。

コナンの竿は時々上下に揺れるのだが、どれもウナギのせいではない。

哀はただ座ってコナンの話し相手になっているだけだ。

「あいつらはウナギ釣れたのかねー」

「さぁ」

コナンと哀のいる場所から少し離れたところに子供たちと博士はいた。
元太の喜びの声がまだ一度も聞こえてこないということは
あちらも釣れていないのだろう。
歩美がバケツの中を指差して数えているのが見える。
1・2・3………
バケツの中には結構たくさんの魚がいるようだが、元太のあの様子をみるとそのバケツの中の様子がわかる。


1・2・3………

「ねぇ、一人いないわよ」

「あ?」

「円谷君がいないみたいだけど」

「光彦が?どっか別のところで釣ってんじゃねーか?」

周りを見渡してみるが、気配はしない。
そんなとき。

「灰原さん!!」

声の方へ振り向いてみると、そこには息を切らした光彦がいた。

「光彦、そんな息切らしてどうした?」

コナンの質問に光彦は答えず、ゆっくりと哀の方へ歩いていく。

「?」

「さっき、きれいな花が咲いているのを見つけて………
 それでこれを」

そう言う光彦の手にはピンクとホワイトの花が交互に並べられた輪っかがあった。

それを哀の頭の上に乗せる。

「?」

「姉が随分前にそうやって作ってたのを覚えてて、作ってみたんです」

「これ、私にくれるの?」

「はい!!」

「------ありがとう」

「いえ。で、では僕は元太くんたちのところへ戻ります、ね」

光彦は逃げるようにその場を去っていった。
コナンと哀はその背中を黙って見送る。

「光彦もなかなかやるな。似合ってるぜ、それ」

「そ?」

「今日の格好にぴったりだな」

「彼は女の喜ばせ方をちゃんとわかってるわね。女の気持ちをまーーったくわかってないどこかの探偵さんとちがって」

「それは、俺のことか?」

「他に誰がいるのよ」

強いて言うなら大阪の探偵さんもかしら、という哀の言葉に
コナンはあれほどではない、と言って否定するが、どっちもどっちだろう。

探偵は気になった人物を満足のいくまで追いかけるだけで
他人から向けられる自分への気持ちは見えないようだ。

こんな人に女の気持ちなんて一生わかるはずがない。

「わかってほしいとも思わないけど」

「なんか言ったか?」

「別に」

そういえば、と哀は思い出した。

この白いワンピースをもらったとき懐かしく思ったのは
昔、まだ黒の世界を知らなかったころ
お気に入りの白いワンピースをよく着ていたからだろう。
そのときのワンピースに似ているのだ。

白いワンピースを躊躇いもなく着れたあのころのままの私だったら
自分の女としての気持ちもこの鈍感な探偵はわかってくれるだろうか。
わかってくれなくても、自分の気持ちを彼に伝えることくらいはできるのではないだろうか。


「ほら」

「っ!!何よ、驚いたじゃない」

哀の目の前に突然現れたピンクのもの。
なんとなく驚いた顔をコナンに見られたのが嫌でいつものように睨みつける。

「オメエがぼーっとしてっからだよ。
 せっかく光彦にいいものもらったってのに暗い顔してるし」

「暗いのはいつものことでしょ。それよりこれは何」

「花」

「見ればわかるわ。これをどうするの、って聞いてるの」

「オメエに」

「?」

「光彦だけにいいかっこさせられねーだろ」

そういってコナンは再び竿を手に取った。

大きな魚を釣って喜んでいる彼の姿。
それを後ろで眺めている哀。
その顔には小さな笑みが浮かんでいた。

二人の顔がほんのり色づいたのを知るものはいない。
当の本人たちでさえも。


 
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