detective conan

□sweet memories
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事件があった、と呼び出しを受けて自宅を出たのがちょうど三時間前。

今回の事件は犯人が絞りやすく、わりと早く解決できた。

しかし、体はいつも以上に疲れているようだ。

普段なら歩いて行ける距離でもわざわざタクシーを使って帰ってきてしまった。

タクシーの運転手に料金を払い、タクシーを降りると
冷たい風が俺の体を通り抜けた。

もうすぐ本格的な冬が始まる。

いつもなら今日のように事件で呼び出されたあとは自宅で一人、ゆっくり過ごすのだが
今日はなぜか足が勝手に隣の家へと向かっていく。

まるでなにかにひきつけられるように。

家の車庫には子供のころから見ていた黄色のビートル。
それがあるということは留守ではないのだろう。

インターホンを鳴らす。

数十秒後、相手が出たのがわかった。

「あ、俺」

いつもならこれだけ言えば玄関の扉が開いて、笑顔で俺を迎え入れてくれるのだが、
今日はいつもとはちがった。

「俺、ってどちらさまですか?」

「え?」

聞こえてきたのは聞きなれた声でなく、幼い女の子の声だった。

一瞬家を間違えたかとも思ったが
間違いなく自分の家の横だし、ビートルもある。
表札にもしっかり『阿笠』と書いてある。

これはどうしたものか、と考えていると家の扉が遠慮がちに開いた。

扉を開けたのは四歳か五歳くらいの小さな女の子だった。

「えっと……君は………」

「博士なら今、出かけてます。博士に何か用ですか?」

「あ、いや。用ってほどでもないんだけど。
 そっか、いねーのか」

「伝言なら伝えておきますけど」

「そういうのじゃないからいいよ。それより、君は博士の親戚?」

「………」

「?」

女の子は黙りこんだ。

気分でも悪いのか、と少し心配になり、目線を女の子に合わせようと
腰をかがめたとき。

「知らない人には話しかけられても返事をしない。
 特に人のことをしつこく聞いてくる人には要注意。
 これが家の約束なの」

玄関のさらに向こうから聞いたことのある声が聞こえた。

そしてその声の主を目で確認して驚いた。

「宮野」

数年前にこの町を出て行った、彼女だ。

「久しぶりね、工藤君」

そう小さく笑って言う彼女は俺が知っているころの彼女とは少し違って見えた。

「お母さん、お友達?」

「ちょっとした知り合いよ。だからこの人を家に入れてあげて」

そう言われ、女の子は扉を大きく開き、
どうぞ、と言う。

それに従うように俺も家の中に入る。

リビングに入るとつけっぱなしのテレビ。
ちょうどこの女の子の年くらいの子が好きそうなアニメだ。

この家には珍しい光景のように思える。

そして彼女はキッチンへ向かう。

俺はなんとなく落ち着かなくて、ソファに腰掛け、部屋を見渡した。

特に変わったことはないのだが所々に子供の物がある。

絵本や人形、子供の服。

しかし落ち着かない理由はそれだけではなかった。

変わってしまったのだ。
彼女が。
行動の一つ一つにうれしいだとか、幸せという感情が表れている。
数年ぶりに再会してからたった三分ほどで彼女の変化をここまでわかってしまう俺がすごいのか。
それとも彼女がわかりやすいのか。
今はそんなことはどっちでもいい。

彼女のこの変化はすごくいいことだ。
でも俺はあまり素直に喜べない。
あの男が彼女をここまで変えてしまったのだと思うと少し悔しい。

「なに?」

無意識のうちに彼女を見ていたらしい。
別にやましいことはしていないが、思わず顔を背けてしまう。

「別に」

そう言うと、彼女はまったく気にしていない様子で再び手元の作業を続ける。

何をさっきから作っているのか。
ここからでは見えない。

「何作ってるんだ?」

「プリン。あの子、このプリンが大好きでよく作ってあげてるの。
 あなたも食べる?」

「いいのか?子供のだろ?」

「博士も食べるだろうからって、いつもより多めに作ったら
 作りすぎちゃったのよ。
 だから食べてくれたほうが助かるんだけど」

「じゃぁ、ひとつ」

「了解」

その会話を聞いていたのか、彼女の娘が小走りでキッチンに行き、
プリンの個数を数える。

「お母さんがひとつで、博士も太らないようにひとつ。あのお兄さんもひとつでいいんだよね?」

「ええ」

「それで私がひとつ食べたら……えっと、四つだから
 7−4?」

「そうね。それで答えは?」

「えっと…えっとねー、3!」

「正解」

「じゃぁ、正解したから残りのプリン全部食べてもいい?」

「それは食べすぎよ。今日食べていいのはひとつだけ。
 あとは冷蔵庫に入れてまた明日食べましょ」

「えーー」

「えーー、じゃないの。ほら、スプーンの用意して待ってて」

「…はーい」

どこにでもあるような親子の会話。
ほほえましいものではあるが、俺には異様な光景としか思えない。
こんな彼女を俺は今まで見たことがない。

「ちゃんと、『お母さん』やってるんだな。
 なんかもう、手馴れた感じ?」

「もう母親になって六年よ。これくらいできなきゃ」

「似合わねー」

「失礼ね」

ホント、似合わねーよ。
お前が母親なんて。

昔みたいに、皮肉ばっか言ってるほうがお前らしい。
昔みたいに、クールな表情してるほうが似合う。

彼女をこんな風に変えたあの男が本当に憎い。

そんな俺の気持ちも知らずに、俺の前で幸せそうに笑う彼女。

いい加減、我慢ができなくなって聞いてみた。

「今、幸せか?」

幸せじゃない、なんて言ったらどうしよう。
俺が幸せにしてやる、なんてカッコつけて言ってみようか。
しかし、そんなことを考える必要はなかった。

「ええ、幸せよ」

そんなに幸せそうな顔で言われたら、俺はもう何も言えない。

俺と一緒に小学生をやっていたころ、こんな顔をしたことがあっただろうか。
見たことがあっただろうか。
彼女がまったく知らない人のように思えた。

プリンの個数を数えた後、再びアニメを観だした彼女の娘。
そしてその娘を愛しそうに眺める彼女。
平和な空間。

そんな空気を壊すように、俺のポケットの中身が震えた。

「げ!?またかよ」

「警察?」

「ああ」

携帯に表示されてる文字を見て少しうんざりする。

ついさっき事件が解決してほっと息をついたところだ。
まだ自宅にも帰っていないというのに。

しぶしぶ携帯を耳にあてる。

その直後に聞いたことはやはり期待を裏切るものだった。
いや、もう警察からの電話というだけでその意味はわかっていたのだが。

「いってらっしゃい」

「わりぃな。博士によろしく」

「ええ」

荷物を持って玄関に向かう。

靴を履いて家を出ようとすると、さっき自分がいたリビングのドアが開き、
彼女とその娘がでてくる。

「お兄さん、お母さんが作ったプリン忘れてるよ?はいどうぞ」

わざわざカップにラップまでかけて持ってきてくれた。

「だめよ。この人は今からお仕事なの。
 お仕事の邪魔になるから冷蔵庫に入れておいて」

「いや、貰っていくよ。ありがとな」

俺は女の子からプリンを受け取った。

「お母さんのプリンはね、隠し味がはいってるんだよ。
 どこのお店のプリンよりおいしいんだから」

「そっか。お仕事が終わって帰ってきたらすぐ食べるよ。
 それじゃぁ、またな」

「うん!またね」

「また」

次にいつ会えるかわからない。

だから呼んでみた。
これだけは忘れないでほしかったから。

「灰原」

俺の相棒の名前を。

「何?」

小さくつぶやいただけのつもりだったのに彼女には聞こえていたみたいだ。
さっきまで彼女の横にいた小さな女の子はもういない。
またリビングに戻ってアニメの続きでも見ているのかもしれない。

「また帰って来いよ」

今度はゆっくり話をしたい。
彼女の作ったプリンでも食べながら。

「ええ、またすぐ来るわ」

ほら、早く行かないと。
そう言って彼女は俺の背中を押してくる。

「いってらっしゃい、江戸川君」

『江戸川君』
あの時はその名前で呼ばれるのが嫌だったけど
今はそれがうれしい。

きれいな笑顔で見送ってくれる彼女に俺も笑顔で返した。

「おう!行ってきます」



ようやく事件を解決し、自宅に帰って食べたプリンの味はなんだか懐かしい味がした。




〜End〜



→あとがき



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