魔法少女 リリカルなのは StS,EXV

□第四十六話「だから、さよなら」(前編)
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 神庭家、道場。そこでは一つの緊張が満ち満ちていた。
 道場を埋め尽くすのは大勢の人達。それが円を組むように、道場に座り込んでいる。円の中心にはたった一人の男がいた。
 本田ウィル。シオンの幼なじみにして、悪友の彼が。緊張に彼は汗を一つ流して――。

「……行くで」

 そう呟くと、足元に用意した玩具のピアノへと高々と跳び上がる! 着地、しかし足の指は鍵盤を押し込んでいた。指はそのまま次の鍵盤を叩く。それは一つの音を奏でた。則ち!

「曲芸……! 《足で猫踏んじゃった♪ 演奏!》――どや!?」
『『つまら〜〜〜〜〜ん!』』

 ウィルの会心の叫びに、皿やらお盆やら酒の瓶やらがすっ飛んで来る。

「芸道なめんな!」
「つまらん! 関西芸おそるに足らず!」
「ちよっ!? 待ちぃや! まだまだレパートリーはあるんやで!?」
『『知るか!』』

 叫びと共に投げられたものでウィルが山の下敷きになる。頭痛と共にそれを眺めながら、神庭シオンは頭を抱えた。
 夕方の神庭家、道場で宴会が今現在進行系で行われている真っ最中である。道場にはグノーシス連中にアースラチームの皆も含めて相当の人数が集まっている訳だが。

 ……そういや、うちはこんなんだったなぁ。

 今更ながらにそう思いつつ横に視線を向けた。

「おじさん。いいの? おばさんの命日に」
「湿っぽいのは昼までと決めとるんじゃ。ほ〜〜らオヒネリやるぞ〜〜!」

 がははと笑いながらウィルにおひねりを投げる、恐面四十代の男性。何を隠そう、彼こそが姫野みもりの父親、姫野秋人(ひめのあきと)、その人であった。
 ちなみに、現役日本警察の警視総監様である。やくざの大親分にしか見えないが、それは言わぬが華であった。
 はぁとため息を吐きながら、シオンはグラスのビールを一気に煽る。

「おー。シオンよく飲むやないけ。ほ〜〜ら、もう一杯」
「這って来んなよ、お前……飲むけどよ」

 背中の上に山と投げられた物を積んで、ウィルがビール瓶を差し出して来る。これ、投げられたモンじゃないだろうなと疑いながらグラスを差し出した。なおしつこいようだが、シオンの隣に居るお方は警視総監様である。がははと笑い、未成年の飲酒に何も言わなかろうが、そうと言ったらそうなのであった――閑話休題。
 神庭家で突如開かれた宴会。しかし、実はこれは毎度の事なのである……シオンもすっかり忘れていたのだが。命日や歓迎会と称して宴会をだだっ広い神庭家道場で開くのが。今回は、二つが合わさった事になる。そして、もう一つ。

「ふ……分かって無ぇな、ウィル!」
「何やと刃! ならお前は万人に受ける一発芸をやれるんかい!」

 未だ埋もれたままの山(ウィル)に進み出て来るのは黒鋼刃。銀龍を抜きながら、前へと進み出て来る。それを見ながら、シオンは嫌な予感を覚えた。これは――。

「――当然!」

    −斬!−

 叫びと同時に下の敷板が円状に切り裂かれる!
 刃はそれと一緒に落ちて行き、次の瞬間、ウィルの周りが円状に切り裂かれた。

「秘技……!」

 更にウィルと円に切り裂かれた敷板が持ち上がる! その下に居るのは何を隠そう、刃であった。
 敷板の真ん中に銀龍を当てて持ち上げたか。更にそれらをぶん回した。

「《人間皿回し!》」
『おぉ〜〜!』

 敷板ごと上の人間を皿回し宜しく回す荒業に、周りがどよめいた。これはこれで中々のものである……だが。

「お前、それ直しとけよ?」
「あ〜〜〜〜はっはっはっはっはぁ!」

 ……壊れてやがる。

 シオンは一目で看破した。刃は見事に酔っ払っている。キャラが壊れる程に。抜き身の日本刀を堂々と振るう事も意に介さず『オヒネリやるぞ〜〜♪』と投げるおっさんは、取り敢えず見て見ないフリをした。ぐぃっとグラスを煽ると。

「ほ〜〜ら、シオン。……ひっく……。飲みが足りないよ……。ひっく」
「誰だ!? スバルに飲ました野郎は!?」

 顔を赤らめて、しゃっくりを上げながらこちらにビール瓶を差し出して来るスバル・ナカジマを見て、シオンが吠える。さっと顔を背けた数人を見咎めると、シオンは手裏剣宜しくビール瓶をそいつらに投げて置く――ストライク。

「未成年に飲ませるなっつぅの。あ、おかわり」
「……シン君、全然説得力無いですよ?」

 こちらは、姫野みもり。一切飲んでおらず、酒を出したりオツマミを作ったり、寿司を頼んだりと、いろいろしてくれている。それで逃れているとも言えなく無いが。
 取り敢えずスバルの酌を受けて並々とビールが注がれて、注がれて――。

「こらこらこらこら! 零れてる! 零れてる! 冷たっ!?」
「あははははっ! ひっく」

 何が面白いのか、スバルはグラスから溢れさせ、更に注いでいく。被害を受けたのは当然シオンだった。ビールで身体中が濡れる。

「うげ……っ。このアホたれ! みもり、拭くもんくれ!」
「はい!」
「あははは! シオンべとべと!」
「黙れ酔っ払い。こら、スバル担当! 何してやがる!」
「誰が担当よ!」

 シオンが叫ぶと、間を置かずに返事が返って来た。ティアナ・ランスターである。彼女はこちらに”顔を赤らめ”て吠え――。

「ひっく」
「だから誰じゃあ!? さっきから未成年に飲ませまくっとる奴!」

 しゃっくりを上げたティアナに、シオンは喚く。それに、やはり顔を背ける馬鹿共を発見。今度は自らビール瓶を頭に叩き付けに向かった。

「待て! 落ち着くんだシオン!」
「そ、そうだそうだ! これは宴会なんだぞ!? 飲ませて何が悪い!」
「あいつ達は未成年だっつうの!」

    −撃!−

 アホな事をほざく奴達を一撃で沈める。はぁとため息を吐いて。

「ほ〜〜ら、キャロちゃん? ぐぐぃっと飲みや〜〜♪」
「えっと、でもでも。ウィルさん、これお酒ですよ?」
「大丈夫やって、これを飲んだらキャロちゃんも大人に――」
「「ちえ〜〜〜〜すと〜〜〜〜っ!」」

    −撃!−

 未成年どころか子供に飲ませようとする馬鹿野郎に、シオンと御剣カスミからビール瓶が投擲され、頭に直撃! 馬鹿野郎は、そのまま床に沈んだ。

「騒がせたわね、シオン君」
「……お前も大変な、カスミ」

 そそくさとウィルを回収する彼限定の相棒カスミにシオンは同情的な視線を向ける。彼女は『慣れたわ』とだけ呟いて、道場を出た。

「あ〜〜ったくよ。ほら、キャロ。それ渡しな?」
「…………」
「キャロ?」

 じ〜〜と、ビールが並々と注がれたグラスを見る少女に、シオンは嫌な予感を覚える。まさか……直後、キャロはグラスを一気にぐぃっと煽った。

「〜〜〜〜っ!」
「わ〜〜! 馬鹿! 何飲んでんだ!?」

 ぽんっと言う擬音が聞こえたかのように、一瞬で真っ赤になったキャロにシオンは慌てる。そのままぐるんぐるんと目を回す彼女をシオンは抱き上げた。

「おい! キャロ! しっかりしろ! 何で飲んだんだ!?」
「う……だってこれ飲んだら大人になれるってウィルさんが……」

 どうやらウィルの戯言を信じたらしい。しかし飲み慣れた人間ならともかく(国によっては子供でも飲む)、キャロが酒を飲み慣れているとも思えない。取り敢えず、キャロの相方を呼ぶ事にした。

「おい! エリオこら! どこ居やがる!」
「エリオならあっちよ……ひっく」

 いつの間に近寄って来たのか、ティアナがしゃっくりを上げながら道場の一角を指差す。そちらを見て、シオンはんがっと唖然とした。

「ちょっ……! 離して下さい!」
「だ〜〜めや♪ エリオ君はかわええなぁ。おもち帰りや〜〜♪」
「だめだよ、楓ちゃん♪ 私が持って帰るんだから〜〜♪」
「お持ち帰りって何ですか!? 何で服脱がすんですか!? 前もこんな事あったような――て、違う! 誰か助けて下さい――――!」

 獅童楓と聖徳飛鳥を代表するグノーシス女性陣に、シャリオ・フィニーノを代表するアースラ女性陣に囲まれていた。ある意味に置いて、断末魔の叫びが響く。花とか置いてやると散るイメージか。

「……何やっとんだあいつは……」

 シオンは呆れたように呟く。見れば、全員顔を真っ赤にしている。おそらくは酔っ払っているのだろう。そう言った女性陣はほっとくのが一番である――そんな訳で、シオンはエリオをあっさりと見捨てた。

「ああ、見捨てた!? シオン兄さんの鬼! 悪魔―――!」

 気のせい気のせい。俺は何も聞こえない。

 そう一人ごちるとシオンはキャロを抱え、一番医療の心得がある守護騎士シャマルを発見し。

「とくとくとく〜〜♪」
「あんたが犯人か!?」

 誰かれ構わず旅の扉で酒を注ぐ彼女に、取り敢えずツッコミを入れたのだった。

 
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