魔法少女 リリカルなのは StS,EXV

□第四十五話「墓前の再会」(後編)
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 敷石と土が混ざりあって出来た小高い丘を、タカトは見下ろす。
 何とか、動きを封じる事は出来た。それ”だけ”は。だが――。

「タカト君!」
「……?」

 いきなり響いた声に思考が中断され、タカトが不機嫌そうに目を細める。その眼差しを、振り返りながら声の主に向けた。声の主は当然、なのはだった。後ろからはやて、フェイトも駆けて来る。特にフェイトの顔は真っ青になっていた。

「……なのはか、何だ?」
「そんな……!? 何だじゃないよ! 左腕!」

 あまりに普通な反応を返すタカトになのはは怒声を上げる。左腕をちぎっておいてそんな反応を返されては、怒るのも当然と言えた。だがタカトはそんななのはを煩そうに見る。

「いちいち叫ぶな。たかだか腕一本落とした程度で騒ぐような事か」
「腕一本程度って……!」

 そんなタカトの台詞になのはは絶句する。まるで、何て事は無いとばかりなタカトの反応に。そして、キッと彼を見据えた。

「……やめてって言ったよね? 自分の事、そんな風に言うの……」
「……そんな事言われたか?」

 その言葉にタカトは心底不思議そうな顔となる。それは彼女の怒りに油を注ぐ反応でしか無かった。タカトを睨みながら叫ぶ!

「言ったよ! タカト君が『俺の事なんてどうでもいい』って言った時!」

「……待て。それとこれとは話しが――」

「違わないよ! タカト君は本当きかん坊なんだから!」

「……貴様。黙って聞いてやれば好き放題ほざきおって……! 大体貴様達がぼけらっとしていたからこんな目にあったんだろうが! たわけが!」

「ま、またたわけって言った! そんな事言う方がバカだよ! タカト君のバカ!」

「お前にだけは言われたく無いわ! このたわけ!」

「私だってタカト君にだけは言われたく無いよ! 大バカぁ!」

「ついに大をつけおったな……! この超たわけ!」

「大! 大! バカァ!」

「超! 超! たわけ!」

 売り言葉に買い言葉とは、この事か。二人は顔を付き合わせて互いに吠えまくる。そんな二人に、はやてとフェイトは呆気に取られて――大と超が二十を数えた頃にハッと我に返った。

「ちょっ……! 二人とも待ってや! 一辺止まる!」

「何? はやてちゃん? ……タカト君の大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、バカ」

「何だ? 八神? ……なのはの超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、たわけ」

「人の話しちゃんと聞いてや!? 負けず嫌いもいい加減にし!」

 流石にはやても勘忍袋の緒が切れた。二人に向かって、思いっきり怒りの声を上げる。それで漸く、二人の子供じみた言い争いは止まった。だが、はやての説教は止まる事無く続く。

「なのはちゃんもあんたも――もう面倒臭いから私もタカト君って呼ぶわ。二十歳越えた、いい大人やろ!? 何を子供じみた喧嘩しとるんや!」

「いや、待て八神。俺はそんな風に呼んでいいなぞ許可して――」

「あんたの許可貰う必要なんて無い! そして黙りや!」

「むぅ……!」

 タカトはひどく納得いかないような顔となる。しかし、怒れるはやての勢いに黙り込む事となった。更に、はやては説教を続けようとして。

「は、はやて、はやて! もうこの辺で……!」
「ん? そうか……? 全然言い足りんけど。まぁ、ええか――で、タカト君、その左腕やけど」
「……もう好きに呼べ。左腕がどうした?」

 いい加減諦めたのか、盛大にため息を吐いて続きを促す。はやては頷くと、聞くべき事を聞く事にした。

「その左腕なんやけど……大丈夫なんか?」
「それがすぐに出血死するかどうかと言う意味ならば大丈夫だ」

 問いに答えながらタカトは肩の付け根。そこから先が無くなった、抉れたような傷口を見る。どう考えても致命傷であり、時間を考えると出血量を心配しなければならないのだが。肝心のそこからは血が流れていなかった。
 傷口周辺の組織を筋肉で閉鎖する事で、強制的に出血を抑えたのである。これで、すぐに出血死を心配する事は無い。
 タカトの台詞に、はやては再び頷く。後ろのなのはやフェイトは、それでも心配そうに見ていたが。次いで、質問を続けた。もう一つ、聞かねばならない事があったから。

「なんで左腕を自分で切ったんや?」

 はやては、タカトの目を見て聞く。あの時、後ろで見ていた限りではあるが、わざわざ腕を落とすような真似はする必要は無かった筈だ。いくら指槍で貫かれているとはいえ、ちぎり落とすよりはマシな筈である。なのに、どうして……?
 タカトははやての問いに肩を竦めると、敷石の上に落ちている自分の左腕に視線を移す。右手で指差した。

「見てみろ、左腕の傷口の辺りを」
「そんなグロいもん見たくないんやけど……」

 はやてが顔をしかめる。なのは、フェイトも同じくである。仮にも女の子に見せるものでは無い。だがタカトはそんなデリカシーを気にする男では無かった。
 仕方なく三人は落ちた左腕に近づいて傷口を見る。すると、すぐに異質なものに気付いた。これは、何だ?

「タカト君、これ……?」
「奴の指先が変化したものだ。動脈を伝って中を這い回って来ていたからな。腕を落とすのが、一番手っ取り早かった」

 つまりタカトの左腕を貫いた指槍から先を更に変化して動脈に侵入。そこから遡って心臓に指先を伸ばされたのだろう。想像するだけで、吐き気を催しそうになる。一様に顔を歪めた三人にタカトは苦笑した。

「まぁ、腕一本であの事態をどうにか出来たのならば安いものだろう」
「また……!」

 その台詞にまたなのはが激昂する。声を上げようとして。しかし、横からそれを遮られた。
 フェイトだ。彼女はなのはを手で制止させると、タカトを真っ直ぐに見据えた。

「何で、私を助けたの……?」

 ぐっと抑えるかのような声。そんな、感情を抑えるような声でフェイトはタカトに問う。そもそも、そこからおかしかったのだから。
 タカトが身を呈(てい)してまで、彼女を助ける理由はどこにも無い。その筈である。なのに、何故――?
 その問いに、タカトはぷいっと横を向いた。

「……さぁ、何でだろうな? 俺にも分からん」
「分からないって……自分の事だよ!? そんな筈無い!」

 思わずフェイトは叫んでいた。元々彼女のタカトに対する感情は複雑である。どちらかと言えば、否定的ですらあった。
 なら自分を助けたのにも理由がある筈である。そうで無くてはおかしいから。だが――。

「そう言われてもな……気付いた時にはああしていたんだ。分からんとしか答えようが無かろう?」

 あっけからんと、タカトは答える。本当に、彼自身も気付いていないのだ。何故、彼女を助けたのかを。
 彼女達へとヘイルズが向かった事を認識した瞬間、身体が勝手に動いていたのだから。我に返った時には、既に指槍が左腕を穿った後だった。だから。

「……本当に、分からないんだ」

 まるで途方にくれた、迷い子のような声。タカトの台詞に、フェイトは、そしてなのはやはやても同じ感想を抱いた。
 その中で唯一、なのはが顔を悲しそうに歪める。少し、分かったからだ。タカトが分からないと言う、その理由に。
 『幸せ』と言う感情を喪失ってしまった彼の状態をただ一人知る、彼女は。

 タカト君は、多分――。

 おそらくはタカト自身も、否、タカト”だからこそ”気付かないそれに、なのはは気付く。
 彼が人一倍、何かを失うのを恐れている事に。
 誰かが不幸になる事を、それも顔見知りがそうなる事を彼は嫌がっているのだ。
 だけど、それは何て皮肉。
 彼自身はどこまでも『幸せ』が分からないのに。
 『幸せ』を共有する事も理解する事も出来ないのに。
 誰かの『幸せ』は必死に、無意識ですらも守ろうとするなんて……それすらも自覚出来ないなんて。
 漸くなのはは理解する。かのクロス・ラージネスが語った『決して救われ無い存在』と言う意味を。
 その感情を喪失ってしまっているが故にそれに固執しているのに、その感情を”喪失ってしまっているからこそ”手にする事も、認識、理解する事すらも出来ない。
 あまりにも救いが無い。
 あまりにも報われ無い。

 ――傷。

 その意味を、なのはは改めて噛み締めた。だけど。

「……さっきからどうした? なのは?」
「う、ううん! 何でも無いよ!」

 ずっと彼の顔を見続けていた事に今更ながらに気付く。そんな彼女を不思議そうに見るタカトに、なのはは彼自身に言った言葉を思い出していた。

 −幸せが分からないなら、教えてあげる。一緒に幸せになって。それが幸せだって感じて欲しいの。――タカト君を幸せにしたいの−

 初めての告白と一緒に告げた言葉。それをなのはは思い出して。うん、と頷いた。傷の本質を理解した今でも、その気持ちは変わらない。
 彼に『幸せ』を理解して欲しいと言う気持ちは。
 彼を『幸せ』にしたいと想うこの想いは。
 変わらない。むしろ、強くなっていた。

「……タカト君」
「む?」

 名前を呼んで見る。それにタカトは疑問符付きで応えた。そんな彼に、なのはは微笑む。

「何でも無いよ」
「……なんだそれは」

 なのはの答えに、タカトは不機嫌そうな顔となる。それにもう一度だけ、なのは微笑んだ。
 今はまだ言葉にしない。一度告げた事とは言え、彼は否定しかしないだろうから。だから。

 ――勝つよ。私、絶対に。

 それは、いつかの約束。戦うと言う約束であった。勝者の言う事を、必ず聞くと言う約束。
 それに勝つ事を、なのはは再び固く決めた。もう一度、彼に告げる為に。『幸せ』になる事を認めさせる為に。
 なのはは、再び決意した。

 
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