魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十五話「墓前の再会」(前編)
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−戟!−
神庭家、道場。敷板を敷き詰められた床を二条の影が疾る。
一つの影は模擬刀を、もう一つの影は模擬槍を握っていた。
神庭シオン。エリオ・モンディアル。
おそらくアースラの中では最も刃を重ねた二人が、朝も早くから模擬刀と模擬槍で模擬戦をしていた。
すっと擦り足でシオンが踏み込むのに合わせて、エリオが模擬槍を横薙ぎに払う。だが、それをシオンは模擬刀で受けながら斬り上げる。
−閃−
「っ……!」
模擬槍があっさりとエリオの頭上に跳ね上げられた。驚きに目を見張るエリオに、シオンはそのままの流れで踏み込む。斬り流した模擬刀を勢いのままに翻して、一気に降り落とした。
エリオは顔をしかめながら、模擬槍を回転。石突きを跳ね上げ、模擬刀を受け止めようとして――眼前のシオンの姿が、唐突に消失した。
「え……!?」
「――瞬動・湖蝶」
思わず驚きの声を上げるエリオの”背後”から、ぽつりと名を告げる声が響く。
−閃−
直後、エリオの足が綺麗に模擬刀で払われた。一瞬の浮遊感をエリオは感じて、一瞬後には重力に捕まり身体を横にしたまま落ちる。
……くっ!?
呻きと共にエリオは空間に足場を展開しようとする。その前に、更なる声が降って来た。
「ほい、終わり」
−撃−
同時に額に模擬刀による一撃を受けて、エリオは敷板に叩き付けられた。
「あたたた……!」
床に座り込んで、額を押さえながら痛がるエリオを見ながら、シオンは模擬刀を肩に担いで苦笑した。
「今のが湖蝶。そして、空歩の合わせ技だ。湖蝶は神覇ノ太刀、固有歩法の一つで、緩急方向転換自在の移動法。空歩は、カラバ式の使い手用の特殊歩法だな」
「……はぁ」
生返事を返すエリオに、半眼の視線を送りながら肩を竦めると、続ける。
「空歩は踏み込みの反動を分散させる歩法だな。これで、地面を下手に踏み砕かずに踏み込んだり出来る」
シオンを始めとする位階上位者達が近接戦を陸戦でやろうものならば、地面を数百m単位で踏み砕く。トウヤやタカト辺りならば、その単位がKmにまで昇る事は確実だ。
だが、自ら足場を崩すと言う事は、それだけで近接戦を行う者にとっては致命的に成り兼ね無い。
踏み砕かれた足場では、打撃、斬撃問わずに、その威力を分散する事にしかならないのだ。その為に生み出されたのが、この歩法であった。
「ようは踏み込み、蹴り出しの反動を単一から全体に変えるのがこの歩法のミソだな。上手く使えば、ガラス窓の上を走りながら戦うなんて真似も出来る」
「……ガラス窓って……」
「ついこの間、そんな戦いをしちまったからな。まぁ、この歩法は覚えといて損はねぇだろ」
そこまで言うと、シオンは言葉を切った。苦笑すると、座り込む。そして悪戯めいた笑いを浮かべた。
「……どうだ? お前の希望通り。刀術の戦い方で模擬戦してみたけど。感想は?」
「あ! な、何というか……シオン兄さん凄かったんだなぁって……」
「それは――とどの詰まり、今までは凄くなかったって事か?」
あたふたと答えるエリオに、シオンは笑いながら続けて問う。彼は更に慌てた。
「いえ! そんな事はないですよ!」
「……本音は? 怒らんから言うてみ」
「もっと早く使えば良かったのに、て思いまし――痛い痛い!」
思わず真面目に答えるエリオに、シオンはこめかみを拳で抉る、通称ウメボシを敢行。エリオから悲鳴が上がった。
「これは怒ってるんじゃないぞぉ。ただ虐めたくなっただけだ」
「もっとタチが悪いです!」
「聞こえない。聞こえないなぁ」
「あぁあああああああ!」
悲鳴を上げるエリオにシオンは笑い、しばらくして手を離す。そして、涙目となって上目づかいでこちらを見るエリオに再度苦笑した。
やれやれ、だな。
肩を竦めて苦笑し、問うべき事を問う事にした。
「……で? なんでまた刀術での戦い方を見てみたいだなんて思ったんだ?」
「えっと……」
シオンの問いに、エリオは戸惑う。少しの間、迷う素振りを見せて、やがて切り出した。
「……このままじゃ、ダメだって思ったんです」
「何がよ?」
「僕自身が、です」
怪訝そうな顔となるシオンに、エリオは続けて話す。だが、シオンは変わらずに疑問符を浮かべていた。
「……なんで?」
「その、シオン兄さん。最近人が変わったように強くなりましたし、だから、その……置いていかれたような気になって……」
しどろもどろにエリオは言う。恐らく、自分の中で上手く言葉に出来ていないのだろう。それを理解して、シオンはエリオの頭をぽんぽんと叩いてやった。
「急に人が変わったりするかよ。俺は何も変わっちゃないさ。……強いて言うなら、取り戻しただけってなとこか」
「取り戻した……? 何を、ですか?」
「いろいろさ」
言いながら、様々な事が頭過ぎっていく。思わず再び苦笑してしまった。エリオの頭から手を離す。
「そう、いろいろさ」
そして立ち上がると、エリオに手を貸して立たせてやった。
「さて、もう一戦……と、言いたい所だけど。俺、今から用事があるから今日はここまでだな」
「え? 今から、ですか?」
立たせて貰いながら、エリオがその台詞に怪訝そうな顔となる。
それはそうだろう。現在、朝の五時半。早朝も早朝である。こんな朝っぱらから何の用事があると言うのか。シオンは苦笑して、でも答えない。
「ちょっとな。んじゃ、俺風呂入ってくっから」
「あ、僕も行きます!」
模擬刀を片付けるシオンに倣ってエリオも模擬槍をなおすと、二人は並んで道場を後にした。
そこで、エリオはふと気付く。いつもシオンの近くに居る筈の存在がいない事に。何気なく聞いてみた。
「シオン兄さん。イクス、どうしたんですか?」
問うた瞬間、シオンの足が止まった。その分エリオが先に進んでしまい、振り返る。……その頃には、表情を戻していた。
「シオン兄さん……?」
「……何でもねぇよ。俺も一昨日から姿を見てねぇ」
「そうなんですか?」
その台詞に、ちょっと驚きながらエリオは聞く。シオンは肩を竦めた。
「まぁ、あいつの事だからすぐ帰って来るだろ」
「そう、ですか……?」
その言葉に、何か引っ掛かるものを感じてエリオはシオンを見上げる。シオンはエリオの頭を叩いてやりながら、先に進んだ。
「……大丈夫、だろ」
エリオに言いながら……自分に言い聞かせながら、シオンは前へと歩いた。
あの、バカ師匠はどこほっつき歩いてやがんだ……!
胸の中だけで叫びながら、シオンは神庭家、温泉へと向かった。