魔法少女 リリカルなのは StS,EXV

□第四十四話「それでも、知りたくて」(後編)
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 第一位、執務室。そう表記された扉を見て、走って来たシオンはため息を吐く。このまま回れ右して帰りたいと心の奥底から思うが、その後に待つは真性の地獄であろう。
 地獄地獄と強調し過ぎな気がするが、トウヤが繰り出す様々おしおきはそう呼ぶのに何の過分も無い。頭に過ぎる過去に受けたそれら――爽やかコース。すっきりコース――を思い出して、シオンの顔色はどんどん悪くなっていった。ほろり、と涙が零れる。
 だが、そのままと言う訳にもいかない。一応、思い付く限りの神様、仏様、もしくは悪魔に祈りを捧げつつ、シオンはインターフォンを押す。

《誰だね?》
「あー、俺だけど……」
《俺? 誰だね、それは? 俺と言う名前の人間には全くもって心当たりはないのだがね?》
「……ごめんなさい。神庭シオンです」

 やっぱり機嫌悪いや……。

 トウヤの声を聞くなり、シオンは直感する。暫くの間を持って、扉が開いた。入って来いと言う事だろう。ちょっと躊躇いがちに、シオンは扉を潜り――。

「遅い」

    −撃!−

「ぺぎゅる!?」

 ――何の脈絡無く殴られた。盛大に吹っ飛び、通路の壁にぶち当たる。
 そのまま崩れ落ちるシオンを冷たーく見下ろすのは当然、異母長兄、叶トウヤであった。
 顔を押さえながら、文句を言おうとしたシオンの顔が固まる。トウヤの視線が並では無い程に冷たい。

 これは、ヤバイ……!

 直感で感じ取れるレベルでトウヤの怒りが分かる。裸が粟立(あわだ)つのを感じながら、シオンは思わずあたふたと回れ右をした。

「たーすけてー……!」
「何を逃げてるのだね? お前は?」

 あっさりと襟首を捕まえられて、シオンの逃亡は終わった。ひょいと猫の首を摘む動作でシオンを吊り上げ、執務室に入っていく。そして部屋の真ん中に用意された椅子に、どすんと落とされた。尾骨を派手に打ち、悶絶するシオンを余所にトウヤはマホガニーに向かうと、椅子に腰掛ける。そして、シオンに向き直った。

「さて、シオン?」
「あ、あああああ、あ、あの……! と、トウヤ兄ぃ……?」

 にっこりと笑う――これは異母兄達共通の怒りのサインだ――まぁ、笑うトウヤに、シオンは噛み合わない歯で名前を呼ぶ。トウヤはそれを笑いながら見て。

「なんだね? 我が愛すべき異母弟”だった”シオン?」
「過去形!? 過去形になってるよトウヤ兄ぃ!?」
「これからは、家族”四人”になるのだね。頑張っていこうと思う」
「あ、あああああ……!」
 
 トウヤの台詞に、いよいよシオンは頭を抱える。
 問答無用。この四字熟語がこれ程似合う人間はそうはいまい。なんにしろトウヤは笑いながらシオンを見て、続ける。

「さて、シオン?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「五月蝿いねお前は」

    −撃−

「へぶっ!?」

 繰り返し呟くシオンにトウヤの手から何かが放られて、額に直撃する。
 投げられたものに一撃されて涙目となりつつも、正気を取り戻したシオンの手にぽすんっと投げられたものが落ちて来る。それはデータチップであった。

「痛っ……! これは?」
「任務の資料だ。三日後までに読んでおくように」
「へ?」

 告げられた台詞に、思わず目を丸くするシオン。トウヤは表情を変えずに続けた。

「先程、八神君達と話しをしてね。例の件、彼女達の各デバイス、ロスト・ウェポン化が決定された」
「……へ〜〜、よくまぁ」

 思わずシオンは感心して頷く。基本的に管理局の人間である彼女達は古代遺失物――つまりロストロギアの所有や使用を躊躇う面がある。危険度を鑑みると、それは寧ろ当たり前の反応とも言えた。
 個人で核兵器を持ち歩くようなものである。いくら制御されていようと、それに危険を覚えない方が寧ろ危なっかしい。故に、シオンはあっさりとはやて達が決めた事が意外だったのだ。トウヤもまた頷く。

「ここ暫くは悩み続けていたようだがね。お前の独断先行、言語道断、無理無茶無謀な行動で腹を決めたようだ」
「……えっと、ごめんなさい」
「はっはっは。謝っても許すつもりは無いから、その積もりでいたまえ。まぁ、あの被害を考えれば寧ろ当然とも言えるがね」

 トウヤの台詞に聞こえないように舌打ちしつつ、シオンは天砕きの被害状況を脳裏に浮かべる。
 学校消滅。しかし、それは本来の威力が全て上へと向かった為らしい。
 本来なら北半球が壊滅していたと言うのだから、改めて天砕きの威力を思い知らされる。
 しかもそれでさえ、アルセイオの斬界刀やベナレスのギガンティスが持つアーマーゲドンよりランクは低いのだ。
 はやて達が危機感を、力不足を感じるのは至極当然と言えた。

「そう言う訳だよ。その上で、お前に任務を与える」
「へ……? 任務? 地獄じゃなくて?」

 トウヤの台詞に、シオンはきょとんと聞き返す。てっきり即座におしおきだべ〜〜とばかりに、ドエライ目に合うと思ったのだが。トウヤは、そんなシオンの返答にため息を吐いた。

「手紙の題名には何と書いてあったね?」
「えっと、『緊急特別指令』だっけ?」

 シオンはうろ覚えの題名を読みあげて――その顔がぱぁっと明るくなる。それを見ながら、トウヤが頷いた。

「つまりはそう言う事だよ」
「あ、ああ……! まさか、トウヤ兄ぃが、こんなに簡単に許してくれるなんて……! ル○タニ様ありがとうございます……もしくはオ○シロ様」
「……危険極まり無い神様にお祈りを捧げるのはやめたまえ」

 マホガニーに肘を着けながら、トウヤはため息を吐く。その間にもシオンはリンパ腺で交信出来ると言う謎神と、しゅ〜くり〜むをこよなく愛する謎神にお祈りを捧げる。そんなシオンを脇目に、トウヤは説明を続けた。

「お前にはEUイギリス支部に出向いて貰う。そこで、『斉天大聖』『フラフナグド』『テュポーン』『バルムンク』『四龍玉』を受領。後に、同ドイツ支部に飛んで、各ロスト・ウェポン完成まで護衛。完成したそれらを受領して戻って来たまえ」
「ん。了解……でも、それだと」
「当然、持ち主も一緒が好ましいね。治療魔導師も一人は居た方がいい。つまりギンガ君、スバル君、ティアナ君、エリオ君、キャロ君、そして、みもりが適任か。彼女達と一緒に行ってくれたまえ」

 ……こら、また。

 告げられた名前に、シオンは思わず頬が引き攣る事を自覚する。このタイミングでこの面子。偶然にしては出来過ぎと言えた。

 ……どこまで知ってやがる……!

 みもりに告白された事やキスされた事まで、この異母兄が知ってるとは思わない――思わないが、それでもなお油断のならないのがトウヤと言う男であった。逆に言えば、何を知っていてもおかしくは無い。
 じーっとトウヤの顔を半眼で見るが、その面の皮には傷一つ付けられそうも無かった。シオンは嘆息すると、無駄な事はやめて頷く。

「了解、三日後に皆と向こうに転移(と)べばいいんだね?」
「ああ、それで構わない……さて、では」

   −ぞくり−

 その瞬間、シオンは特級の怖気を感じて総毛立った。直感が最大警報を鳴らす。ここは危険だ、速く逃げろ、速く、速く――!
 だが、身体は動かない。まるで椅子に固定されたかのように立ち上がれ無い!
 そんなシオンに、トウヤは口端をゆっくりゆっくりと持ち上げる。くすくす、と笑い声が口から漏れていた。静かに立ち上がる。

「と、と、ととととととと、ト、ウヤ兄、ぃ?」
「――”本題”に移ろうかね?」

 呟くと同時にぱちりと指を鳴らす。と、まったく唐突にトウヤの背後に”扉”が生まれた。そこは、確かに壁だった筈なのに!
 それを見て、シオンの恐怖はメーターを振り切った。同時に気付く。トウヤは許してなんぞいなかったのだ。全ては、油断させるための芝居――!

「”もかもか室”。そう名付けて見た」
「も、もももも、かもか……?」

 それは果たして何を意味するのか? 分からない。分からないが、直感はがんがんと警報を鳴らし続ける! ――この部屋は、危険なモノだと。そう、直感は告げていた。

「そう、もかもか室だよ。お前がこれから入る部屋の名前だ。安心したまえ、命は大丈夫だ……精神は一切保証しないが」
「っ――――!?」

 トウヤの台詞に、シオンは目を剥いて震え上がる。トウヤにそこまで言わせるもかもか室とは、一体何なのか……。
 異母長兄は、何故か威圧感漂う顔でニッコリと笑う。

「ヒントを上げよう。お前も入る部屋の前情報くらいは知りたいだろうからね」

 シオンはがくがくと頷く。どんな部屋なのか、名前だけでは全く分からない。それをヒントだけでもくれると言うのだ。乗らない手は無い。シオンの頷きを見て、トウヤは薄く笑う。

「では、ヒント――グノーシスの胸毛ランキング一位から二十位までが勢揃い」
「…………」
「しかも一つの部屋に」

 それを、聞いてはならなかった、知ってはいけなかった事を聞いて、シオンは崩れ落ちた。
 そんな部屋に、叩き込まれたら――あるのは精神の死、だけである……。

「では、シオン」
「…………」

 ついに間近に来てしまったトウヤをシオンは慈悲を懇うように見上げる。トウヤはニッコリと笑い――。

「お・し・お・き・だ・べぇ〜〜」

 それから数時間の間、第一位執務室には途切れる事の無い悲鳴が響き渡ったとさ。

 ちゃんちゃん♪

 
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