魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十四話「それでも、知りたくて」(前編)
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「私、思うんだ。シオン、ケガは本人が治すものだって」
……俺も、そうは思う。
「でね? やっぱりケガを早く治したいなら体力つけなきゃって思うの」
……それについても、まぁ、同意しよう。
「と、言う訳で病院食じゃあ味気無いかもって思って、私、回復メニューて言うの作って来たんだけど」
納得いかんのは、そこだ……!
グノーシス月本部『月夜』。施設内の医療部にある病室に、ミイラ男よろしく包帯でぐるぐる巻きにされた神庭シオンは激しく内心で叫ぶ。
紫苑との戦いの後、眠るように意識を失ったシオンが、次に目を覚ましたのはこの病室のベッドの上だった。
……怪我の内容は『よく死ななかったね?』と真剣な顔で聞かれる状態であり、命に別状は無いものの、当分の間――ナノ・リアクターの空が出るまでだが――間は、こうしてベッドから立ち上がる事も叶わ無い状態であった。……特に、首のギプスと頬に貼られたシップが最悪だ。それに輪を掛けて最悪なのが。
……くそ……! 一時的なショックで声が出せないだぁ……!?
呻くようにそう思いながら、シオンはいらいらと歯噛みする。あの大爆発のど真ん中に居たのが災いしたか、シオンは声が全く出せない状態であった。
……あの爆発の中に巻き込まれたのだ。紫苑と同じ運命を辿らなかっただけマシかもしれない。それにプラスして、天砕きを無理矢理行使した代償か、魔力枯渇状態に陥り、念話すらも出来ない状況だった。
つまりそれは、他者に自分の意思を伝える方法が無い事を意味する。
それでも病室は快適だったし、細かい事は気にしなければさほど悪い環境では無い。所詮はナノ・リアクターの空が出来るまでの療養生活である。
前向きに休暇と考えればいい……シオンも、起きた時はそう思っていた。だが。
目の前の現実から逃れるように、シオンは周りを見渡す。一人部屋の病室にしては中々に広い病室である。
そして今、ベッドの横にはスバル・ナカジマとティアナ・ランスターが詰めるように座っていた。
ティアナは、ベッドの横に陣取り家から持って来たのか何やらごっつい本を読んでいる。そして、スバルはと言うと――。
「で、でね? これが作って来た回復メニューなんだけど……」
言いながら、スバルが深皿に入れられたスープ……”らしきもの”を差し出していた。現実逃避はやめて、シオンは生唾を飲み、それを見る――ピンク色のスープを。
何をどうやったら、こんな毒々しい色合いのスープが出来るのか真剣に考えるが、答えが出ない。
そんな風に差し出された深皿を受け取るのを躊躇うシオンに、それだけを見るなら非常に可愛いらしく顔を赤らめ、おずおずとスバルは更に説明を続ける。
「とりあえず、”一撃必倒”シチューって。名付けたよ」
……一撃、必倒……?
何を一撃必倒するのかと、シオンが細かく震える。そんなシオンに気付いたのか、慌ててスバルは手を振った。
「ち、違うよ? 悪い病気を一撃必倒って意味だよ!」
……俺、怪我人なんだけど。
「試しにケガが治った黒鋼さんに飲ませてみたら、あっと言う間に元気になって『これなら、どんなモノも一撃必倒だ』って。保証してくれたし」
……それに俺が含まれているか否かが問題だ。
ちなみに、シオンが知るよしも無いが、刃は味見の直後、痙攣を起こしながら意識を失い、再び医療部に叩き込まれていたりする。
そんな事を露とも知らず、シオンは内心で悪友に呪いの言葉を吐き続けた。まぁ、あまり意味は無いのだが。
シオンはとにかく助かりたい一心で隣のティアナに視線を向ける。だが、彼女は素知らぬ顔でこちらを一切見ない。視線に気付いていない筈は無いのに、だ。あからさまな無視に、シオンはゲンナリとする。
何故か朝来てからティアナは機嫌が悪い。そのわりにはベッドから離れようともせず、張り付いたままなのだが。
……それを言うなら、スバルもおかしい。何故、いきなり料理なぞ作って来たのか。それに、いつもの強引さが微妙に足りない。遠慮と言うか、そう言ったものをシオンはスバルの態度に感じていた。
それでも頑なに深皿を引っ込めずに差し出しているスバルに戦慄しつつ、まさか拒否する訳にもいかずにシオンは深皿を受け取ろうとして――。
「よ――――っすや! シオン! 元気しとるか――!」
突如、馬鹿が病室に突っ込んで来た。本田ウィル。シオンの幼なじみである悪友が。
どうもナノ・リアクターで回復したらしく、怪我は治っているようだった。
呆れたように見るシオンへとびしっとサムズアップしてウィルは笑いながら近付いて来る。
「やー。ようやっとワイが復活したっちゅうのに、今度はお前が怪我するなんてな――全く、間抜けやなぁ、アホシオンは」
……誰がアホか、誰が。
ウィルの台詞に、じと目で睨むシオン。だが、声も念話も出せない状況では何の罵声も出せない。言われっぱなしである。
ベッドの上で苛々と自分を睨むシオンに、ウィルが笑う。更に続けてシオンに何かを言おうとして。
「お? なんやそれ?」
目敏く、シオンが手に持つ深皿に気付いた。スバルがウィルのそんな台詞に若干慌てる。
「えっと。それ、私がシオンに作ってきた――」
「な、なぬ!? ならこれ、スバルちゃんの手作り料理かい!?」
そんなスバルの様子にみなまで言わせずに、ウィルは大仰に驚いて見せる。シオンは、こいつテンションやたらと高ぇなぁと、変わらず呆れたように見る、と。いきなりウィルがシオンを睨んだかと思うと、深皿をさっと奪い去った。
「くぅ〜〜〜〜! 手作り! テヅクリ! Tedukuri……!? ええぃ! お前なんぞに飲ませてたまるかい! ワイが飲んだる!」
あ……。
叫ぶなり、止める間も無く、ウィルは一撃必倒シチューをぐぃっと一気飲みして――そのまま、豪快に顔からぶっ倒れた。
…………。
更に床を爪で引っ掻くように掻きむしり、小刻みに震える。……暫く沈黙した後、ウィルはゆっくりと立ち上がり、再びのサムズ・アップをスバルに向けた。
「……強い。過ぎる味やったで、スバルちゃん……」
「本当? いきなり倒れちゃったからビックリしたけど、なら良かったよ!」
ウィルの台詞に無邪気に喜ぶスバルだが、シオンは顔を横に振る。
ウィルは『美味い』ではなく『強い』と言ったのだ。決して、料理に使う形容詞では無い。
……よくよく見れば、ウィルの瞳は虚ろになり全身がまだ震え続けている。どう考えても、正常な状態では無った。
やがてウィルは、段々と青くなっていく顔色を悟られまいと隠すようにして、後ろに下がって行く。
「……ほ、ほんならワイはこの辺で、シオン、はよう元気になりや……」
「え? 折角だし。ゆっくりすれば――」
「いや! ええねん! よく考えれば、まだトウヤさんに報告しとらんかったし! そんじゃあ! お大事にな〜〜」
一方的に告げるだけ告げて、ウィルは即座に病室を出た。扉が閉まり――。
『が、がはっ……!』
『きゃあぁあああ!? ウィル! あんた、どうしたの!?』
『か、カスミか……? も、もうワイは駄目かもしれへん……!』
『そ、そんな……! 何があったの!?』
『お、漢(おとこ)の責務を、果たしただけやで……ぐ、ぐふぅ!』
『う、ウィル!?』
『ふ……こんな事になるんなら、もうちょっと素直になれば良かったかもしれ、へ、ん、な……』
『だ、駄目!? 死なないで!』
『スマンな……カスミ……ガク』
『ウィル〜〜〜〜〜〜!?』
……何やら扉の向こうでドラマが展開されていたような声と共に、ドタバタと音が鳴り、がてシーンと静まり返った。
ここにまた一人、漢が散った……。
シオンは亡き(?)友を思い、涙を流す。
ウィル……! お前の犠牲は無駄にはしない……! 俺は一人で幸せになるからな……。
そんな友達甲斐が無い事をシオンが心の中で叫んでいると。
「……あれ、シオンのだったのになぁ……」
スバルが若干不満そうに顔を曇らせて言う。シオンの代わりにウィルが全部一撃必倒シチューを飲んだ為だ。
シオンからすれば、ウィルナイスと言った所だが、スバルはそうもいかないだろう。
声が出せないので慰める事も出来ないが、態度で示す必要はある。そう思い、スバルの肩に手を置こうとして。
「でも、オカワリいっぱいあるから大丈夫だよね♪」
−ぴしり−
シオンはその言葉に、完全に凍り付いた。ぎりっぎりっと首を横に向ける。そこには――。
「よいしょっと♪」
どすんっと凄まじい大きさの”寸胴鍋”が、そこには鎮座していた。
見るからに巨大な、ヒト一人が楽に入れるレベルの鍋である。
中身は……今更確認するまでも無い、一撃必倒シチューであろう。
一体、何十人前分の量を用意したと言うのか。
にこやかに笑うスバルに、心底恐怖しながらシオンは引き攣った笑いしか出来ない。
「シオン、結構食べる方だから一杯作って来たんだ♪ 多分、私が食べるくらいに用意したら大丈夫かなって思って」
……その優しい心遣いが、ニクイ……!
善意の悪行とは、よく言ったものである。内心ひたすら涙を流すシオンに、新しく深皿を用意して一撃必倒シチューを注いでいく。
そして再び、シオンの前にそれが用意された。
何故か、貝殻(渦を巻いた、かなり大きな)が入っているのはツッコマ無い方がいいのだろう。思わず、ウィルが倒れた光景が頭を過ぎる、
うぅ……。
自然に涙は瞳から零れ落ちた。先に逝った(?)友に今すぐ俺も逝くよと告げ、しくしくと泣きながら一撃必倒シチューをスプーンで掻き交ぜる。
……こう言う時に限って、いつもは患者に余計な食事を与えないで下さいと、小煩い事を言う看護人も現れ無い。すでに、退路も尽きた。
「泣く程喜んでくれるなんて、嬉しいな♪ 貝殻も食べてね?」
……こいつ、わざとやっとるんじゃあるまいな……。
内心そんな疑念が頭を過ぎるが、わざわざ作ってくれたものを捨てる訳にも行かない。覚悟を決めて、スプーンで掬った一撃必倒シチューをシオンは口に運び――数十分後、シオンはやたら綺麗な川がある野原(菊の花)で、刃とウィルに再会したと言う。