魔法少女 リリカルなのは StS,EXV

□第四十三話「刀刃の後継」(後編)
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ぐっ! つぅ……!」

 触手の一撃を喰らって、吹き飛ばされた先は一年の教室の中だった。
 痛みに顔を歪めるシオンに、哄笑が響き渡る。

「アハハハハ……! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! コレガ……! コレガ! インシノチカラカ!? アノヒトカライタダイタチカラカ!?」

 野郎……! 真剣に人間、辞めてやがる!

 紫苑の笑いに舌打ちして、そんな事を思いながら立ち上がる。直ぐさま刀を構えた。
 教室に、紫苑が入って来る。身体中から因子を零しながら、ずるり、ずるりと。
 その動きは、ホラー映画で出て来たテレビから出て来る女を彷彿とさせた。ある意味では、夜の学校に果てしなく似合う光景ではある。
 赤光を放つ双眸を、ぎょろりとシオンに向けた。そんな紫苑に、やはりシオンは自分を重ねてしまう。
 アヴェンジャーに――感染者である自分は、果たして”こう”ならなかったのだろうかと。
 ……”こう”ならない理由なんて、何処にも無かったと。そんな愚にもつかない想像を、頭を一振りして追い出した。

「ハ、ハハハ、ハハハ……! コレデ……コレデ、アナタヲケセバ、ボクハアノヒトニ、ミトメラレルカナ……?」
「……そこまでして……! そこまでして! 俺に成り代わりてぇのか!?」

 もはや紫苑はヒトとは言えない程にまで変質してしまっている。そこまでして、自分になりたがろうとする紫苑が、シオンには理解出来なかった。
 シオンの問いに、紫苑は首を傾げる仕種をした。

「アタリマエダロ……? ソシテ、アノヒトニミトメラレルンダ……! アノヒトニ、アノヒトニィィィィ!!」

    −撃!−

 最後の叫びを撃発音声にして、剣牙を紫苑は放つ! シオンはそれに舌打ちしながら、刀を振りかぶった。

「っの! 双牙ァ!」

    −轟!−

 叫びと共に、シオンが頭上に斬り上げた姿勢から放たれる地を走る双牙。それは、迫る剣牙と真っ正面からぶつかり合う。
 同時に、紫苑の哄笑が一際大きくなった。

「ハハハハハハハハハハハハハ! バカダネ! アナタハ! シンクウレイナヲワスレタカイ!?」
「安心しろよ、忘れてねぇ。何しろ……」

 双牙の向こうで、シオンがニヤリと笑う。直後、双牙が剣牙を押し返し始めた。

「こちとら刀持ったと同時に使ってるんでなぁ!」
「ナ……!?」

    −撃!−

 紫苑の驚愕は、声にならなかった。その前に、剣牙を消し去って双牙が紫苑を飲み込んだからである。
 苦痛の叫びさえも、双牙に飲み込まれる紫苑へと、更にシオンは瞬動で駆ける!
 刹那に、双牙により身体中を喰らわれた紫苑の懐に飛び込んだ。自分の間近に来たシオンに、紫苑は叫ぶ!

「オリジナル・シオォォォォォォォォォォォン!?」
「――っおぉおお! 絶影ィ!」

    −斬!−

 紫苑の叫びに応えるようにシオンは叫び、刀が下方から円を描いて、頭上へと突き立った。
 一拍遅れて、紫苑から血飛沫と因子が吹き出す。シオンは、構わず前へと踏み込む!

    −斬!−

 更に、袈裟へと降り落ちる絶影! 紫苑から絶叫が上がるが、シオンは構わずに前へと踏み込み続ける。刀を、虚空へと半月を描くように振って見せた。ぽつり、と呟く。

「――四ノ太刀、裂破」

    −燼−

 悲鳴は上がらなかった。正確には、上げられなかったが正解だろうが。
 シオンが描いた半円を中心に空間を揺るがして、破壊振動破が紫苑に襲い掛かったのである。
 紫苑の身体は瞬く間に塵へと変わって行き、しかし即座に再生する。
 紫苑が笑ったのが、空気でシオンに伝わった。

「コノ、テイド、カイ……?」
「いいや、まだだ……!」

 答えるなり、シオンは刺突の構えを取る。矢を引き絞るように、ぐっと足を開いた。
 その構えに過たず、それは弓を射るのと同じであった。ただし、矢は自分自身!
 紫苑は未だ、裂破の影響で動け無い。そんな紫苑に、シオンは文字通り、矢の如く前へと踏み出した。
 叫ぶ――その一撃の名を!

「神覇、伍ノ太刀……! 剣魔ァ!」

    −轟!−

 咆哮と共に放たれた突撃。それはまず紫苑の中心へと刀を突き立て、更にシオンの身体を包む魔力が突撃と共に、紫苑を轢き潰す! その一撃は、容赦無く紫苑を轢き続けていった。
 紫苑の身体は剣魔で轢きずられ、衝撃で、身体中を引き裂かれて行き――止めとばかりに、シオンは剣魔で纏った魔力を突き放つ。
 紫苑の小柄な身体は、教室という教室の壁を突き抜け、最後の教室の壁をブチ抜いて廊下の壁に打ち付けられて、漸く止まった。
 シオンは剣魔を放った体勢で残心。じっと紫苑を見る。
 紫苑の動きは無い。動け無いのか、はたまた――。
 シオンは残心を解くと、緩やかに呼気を吐き出し、前へと歩く。すると、声が聞こえて来た。紫苑の、笑い声が。
 シオンはそれにも構わず、紫苑へと近付くと刀を突き付けた。

「終わりだ、紫苑。お前の負けだ」
「……マダ、ダヨ……マダ、ボクハマケテナイ……」

 途切れ途切れに、紫苑が言って来る。まだ、まだ、と。
 シオンはそれに頭(かぶり)を振った。
 こんな紫苑の姿を見て、何故、人は哀れに思うのだろうと、そう思いながら……自分と重ねてしまうのだろうと。
 自分がこうならなかったなんて、保証は何処にも無いのだ。たまたま、運が良かったに過ぎない――。

「もう、いい……もう、いいだろう? だから……」
「……マダ、ダ。マダ、ダヨ……ボクハ、ボクハ……!」

 そんな紫苑を見ていられなくて、シオンは歯を噛み締める。刀を振り上げた。
 首を落として、紫苑の存在を終わらせる。それが、せめてもの。
 そう思い、刀を降り落とそうとした、瞬間! 紫苑の瞳が、再び光を放った――!

「ボクハ、マダ……! マダ! マダ、オワッテナイ――――!」
「っ!?」

    −撃!−

 絶叫と共に、縦横無尽に放たれる触手。だが、二度も同じ攻撃を喰らう積もりはシオンにも無い。即座に紫苑から距離を離そうとして。
 それに気付いた。気付いてしまった。紫苑の状態に――!
 紫苑の身体は触手に支えられるかのように宙に浮いていた。そこから、滝のように溢れ出す因子が廊下の床を”染め上げる”!

 これは――!

「これ、は……! 第二段階、感染者の……!?」
「ハハハハハハハハハハハハaaaaaaaaaaa…………!」

 驚きに目を見張るシオンに、紫苑の哄笑が響き渡る!
 既に、紫苑は自意識を失っていた。そう、紫苑は言っていたでは無いか。
 第二段階感染者に至らない限りは自我を保てると。逆に言えば、至ってしまえば自我は失われ、完全な感染者となる……!
 しかも、第二段階到達型の感染者に!

「くっ……!」
「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……! ボクハ、ミトメラレルンダ! アノヒトニ! アノヒトニ! アノヒトニィィィィィィィィィィィィィィィィィ……!」

 そこまで……!

 紫苑の叫びに、シオンは悲痛に顔を歪める。
 そこまでして、自我を失ってまで、そんなにまでして!

「お前は……! 俺になりたかったのかよ……!」
「ア、タリマエ、ダネ……ボクハ、アノヒトノタメニ……!」
「っ――――!?」

 まだ、言うか……!
 そんな事を。
 そんなになってまでして! そんな事を!?

「っざけんなよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 シオンは吠え出すと紫苑に向かい、一気に走り出した。
 計算があった訳では無い……そうしなければ、気が狂いそうだったのだ。
 破滅の道を突き進む紫苑が、自分と重なって。
 ”自分自身にしか、見えなくて”!
 そんなシオンに紫苑から幾百、幾千と伸びる触手!

    −撃!−

 走る、その触手がシオンの身体を痛打する――構わなかった。そのまま突き進む!
 刀を大上段に振り上げ、紫苑に向かって飛び上がる。
 第二段階感染者に至ってしまった紫苑は、斬撃程度では死なない。意にも、介さない。
 すぐに再生して、シオンを殺すだろう。
 絶影も、剣牙も、双牙も、裂破も、剣魔も、今の紫苑には通じない。
 第二段階に到達してしまった感染者を滅ぼすには殲滅攻撃級の一撃が必要であった。
 だが、今のシオンにはそれが無い。奥義は使え無い。
 精霊を召喚しても、融合も、装填も使え無い。
 何故なら今、手にするのはイクスでは無く、刀なのだから。
 四神奥義は使え無い。ならば!

 使える技を、引きずり出す!

 属性変化を必要としない奥義。それを、出す。
 幸いにも一つだけ、それに心当たりはあった。ただ、問題は――。

 ”一回も使った事が無いって程度の事だ……!”

 制御は諦めた。必要無い。”最初から暴走させるつもりで放つ!”
 シオンは身体中を斬り刻まれながら、核となろうとしている紫苑にまで飛び上がり切る。
 目が、合った。
 爛々と光る瞳が、シオンへと叫んで来る。
 ボクガカツンダ! と、だから!
 シオンは迷い無く、その技を解き放った。
 ”神覇ノ太刀、最後の奥義たるその技を!”

 その、名は――!

「神覇! 捨ノ太刀――」
「オリジナル……!」

 吠えながら、飛び掛かるシオンに、紫苑が吠える! 直後、シオンが頭上に掲げた刀が煌めき、光が膨れ上がった。刀を中心に、シオンを一瞬で包み込む!
 それは一気にシオンを中心にして、光の柱として高々と突き立った。天高く、遥かな高みへと!
 自らを剣として、究極の斬撃を放つ技。その一撃は神も――その住み処たる天すらも斬ると言われる。故に、その名前が与えられた。

 ”世界を斬り得る一刀に相応しき名として”。

 その名前を、シオンが叫ぶ!
 刀と共に、光の柱を振り下ろした。呆然とそれを見上げる紫苑へと――!

「天(あま)ぁ! 砕きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――っ!!」




    −斬!−




 極大の光剣は、一切の容赦無く、抵抗も許さず、紫苑を頭から斬り断つ!
 紫苑の全てを存在ごと両断して、シオンが生み出した天砕きは、問答無用に暴走。全てを飲み込み、爆砕した。
 当然、術者たる本人も巻き込んで、校舎をあっさりと断ち切った光は今度はそれらを光に変えていく。大爆発と言う名の光に!

    −轟!−

    −爆!−

 全てを消し去り、砕き、滅ぼす光に、まるで玩具のように中心点でシオンが跳ね回る!
 全身をこれでもかと光に打ち付けられ、衝撃で身体中をバラバラにされるような激痛の中で、上下も左右も分からない程にめちゃくちゃになりながら、シオンは絶叫する!
 その光の中心点、紫苑へと。

「お前にだけは――! 死んでも負けるかよォ! 馬鹿たれェェ――――!」

 転がり、何かに身体が叩き付けられる。既に、シオンはそれが何か分からないままに叫び続けた。
 
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