魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十三話「刀刃の後継」(中編2)
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【……オン! シオンっ!】
暗い――暗い、場所。
その中で、シオンは聞こえて来た声に意識を繋いだ。
数秒か、あるいは数分か、気を失っていたらしい。目を開く、と。
「ぐっ!? かは! あっぐ……!」
【シオン!?】
肩から胸にかけて凄まじい激痛が走り抜けた。まるで骨をバールで一本一本、こじ開けるような、そんな太い痛み。
暫く痛みに喘ぎながらも、シオンは床に手をついて立ち上がる。
シオンが倒れていた場所は、暗い教室の中だった。一階には教室は無かったので、二階か三階まで吹き飛ばされたのか。先程から自分を呼ぶ相棒に目を向けた。
「……大、丈夫だ。イクス」
【そうは見えんがな……】
イクスのそんな返答に、シオンは苦笑する。イクスは大剣形態、つまりノーマルフォームに戻っていた。当然、自分も。
それを確認するなり、ぐっと息を飲みながら問う。
「何を俺はかまされた?」
【剣牙だ】
イクスは即答する。だが聞いた本人、シオンは、その答えに怪訝そうに眉を潜めた。
「剣牙、だと? あの状況で……右腕は叩き折ってた筈だろ?」
いくら再生能力があるとは言え、骨折が治るにしては早過ぎであった。その状況で剣牙なぞ、使える筈も無い。なのに。
【違う。奴は”左手”に刀を持ち替えて剣牙を放ったのだ。俺に出来た事はノーマルに戻って、この身体で剣牙を防ぐ事だけだった】
「……それで神空零無付きの剣牙を喰らっても俺、生きてたって訳か――て、左手? あいつの左手は」
自分が生き残った理由に、シオンは納得。どうやらイクスが瞬間的に戦技変換する事で、ノーマルに戻り、大剣状態で剣牙を受けたらしい。そうでなければ、自分の身体は真っ二つになっていただろう。
だがここに至り、もう一つの疑問が生まれた。紫苑の左手は出血で、握力が戻っていなかった筈である……少なくとも、あの短い時間で刀を握れる程、握力が戻る筈が無い。しかも少なからず反動がある剣牙すらも放ってみせたのだ。これは、どういう事か。
【シオン。俺達は、そもそも思い違いをしていたのかも知れん。奴は――】
「そうだね、イクス。僕の正体は貴方の思っている通りだよ」
イクスの台詞を遮り、いきなり声が来た。
来たか……!
それだけを思い。シオンは痛む身体を押してイクスをひっ掴み、立ち上がる。
ぐっと前を見据えると、そこに彼が、紫苑が居た。すでに右腕の骨折すらも治ったのか、変わらない姿のままで。
実質切り札2枚は無意味に終わった事をシオンは歯噛みしながら悟る。そんなシオンに、紫苑は微笑み、周りを見渡した。
「懐かしい教室だろ?」
「……ああ」
シオンは静かに頷く。今居るこの教室は、シオンがかって通っていた教室であったから。
それを見越して、ここまで吹き飛ばしたのか。あるいは、偶然か……答えの出ない疑問を、シオンは頭を振って追い出す。微笑し続ける紫苑を見据えた。
「いい加減、はっきりしときたいんだけどよ……お前、一体何なんだ?」
「それを聞かれるのも三回目だね。イクスには気付かれたようだし、もういいかな? 教えてあげるよ、僕の正体について」
言うなり、左手に刀を携(たずさ)えたままシオンは両手で自らの胸に手を押し当てた。
にこりと笑う。無邪気な、そんな笑みを。
「……とある世界、魂の研究や、神に近付こうとした世界があった。アルハザードって言う世界。貴方も知ってるよね?」
シオンは黙って頷く。それを満足そうに見ながら、紫苑は笑う。
「その世界では不死の研究として、魂や遺伝子、魔法の研究。独自の学問が進められていた。……けど、アルハザードは当時、平和とは言い難い状況でね? その為に、いろいろな兵器が生み出されたんだ――」
例えば、巨大なる戦舟。
例えば、様々な破壊力を誇る武器達。
例えば、魂をエネルギー結晶に変換した、極大エネルギー装置。
「その兵器の中に、対人としては最高傑作と謳われた暗殺兵器があったんだ。それは、特定人物の『魂』の波紋データを元に自らをその人物と全く同じ存在に変換し、オリジナルを殺す事で入れ代わり、敵対組織を内部から切り崩す事を目的として作られた”殺人人形(キリング・ドール)”……もう、分かるよね?」
「て、事は。お前は――」
紫苑の言葉を黙って聞いていたシオンの目が見開かれる。紫苑は――”シオンの姿を取った人形”は、こくりと頷いた。
「貴方達の概念では、ロストロギアって呼ぶんだったね。改めて自己紹介しよう。
ロストロギア、”ドッペル・ゲンガー”。
……これが、僕の正体だ」
人間じゃ無かった訳か――。
どうりで、今まで殺人に対する忌避も無かった訳である。
紫苑のその正体に、シオンは静かに納得した。だが、まだ疑問は尽きない。シオンは紫苑の顔を見つめて、更に問う。
「魂の波紋データを拾得して、お前は他の誰かの姿を取るっつったな? ……いつ、誰が、何の為に、”わざわざ五年前の俺”の姿なんぞをお前に取らせた?」
「質問ばかりだね? でもどうせ最後だし、いいかな。貴方の姿を取ったのは僕の意思だ。最初は貴方の魂の情報を持ってた”彼”になろうとしたんだけどね」
「”彼”だと……?」
”あの人”。そう言われるとばかり思っていたシオンは新たに出た呼び名に思わず聞き返す。
わざわざ分けたと言う事は、”あの人”とは別人だと言う事か。紫苑はくすりと頷いた。
「貴方の良く知ってる人だよ? 分からないかい? ”貴方の記憶を略奪”した彼さ……」
「っ――――!」
記憶を略奪した存在。そんなもの、一人しかいない。つまりは。
「タ、カ兄ぃ……」
「そう、彼さ」
何が楽しいのか、紫苑は嬉し気に笑いながら、再び頷く。シオンはぐっと息を飲んだ。
タカトはシオンの記憶を忘れさせる為に、略奪した。それに、”魂”の波紋データがあった訳だ。つまり、こいつは――。
「タカ兄ぃに、作られたって訳か……!」
「ちょっと違うね。僕はたまたま遺跡に来た、彼から魂の波紋データを手に入れて自分からこの姿を取ったのさ。……彼の魂は”傷”を負ってたから、彼にはなれなかったんだけどね」
「傷……?」
「貴方が知る必要は無い事さ」
新たに出た単語に聞き直すシオンだが、紫苑はそれもばっさりと切って捨てた。すっと目が細まる。
「彼から貴方を、今までの貴方で最強であった五年前の、この姿を取って僕は生まれた……けどね? 彼は、伊織タカトはそんな僕を、生まれて来たばかりの僕を、”容赦無く殺したのさ”……壊したとも言うけど」
「タカ兄ぃが、お前を……? そうか!」
一瞬、紫苑の台詞に疑問符を浮かべたシオンであったが、即座に悟る。紫苑が先程言ったでは無いか。
ドッペル・ゲンガーは、その姿を取った本人(オリジナル)を殺して成り代わる、と。
……自慢でも何でも無いが、”あのタカト”がそれを知って、紫苑を生かして置く筈が無い。紫苑は肩をひょい、と竦めた。
「容赦無かったよ。僕も抵抗したんだけどね。まるで、意味が無かった。四肢は引きちぎって一つ一つ、念入りに潰して、胴体と顔は八つ裂きにして、完全に破壊された。……あそこまでやると、もう破壊なんて言葉が可愛く見えるくらいだよ。――でもね、そんな破壊され尽くした僕を、”あの人”が救ってくれたのさ」
また、”あの人”か――。
シオンは苦々しく思う。そのあの人とやらが、この紫苑を甦らさせ、自分に向かわせたのだ。
それは誰かとシオンが問う前に、紫苑がまるで歌うかのように呟き始めた。
「……黄金の仮面を被り、神の名。真名を持ち得た偉大なる人――貴方は知ってる筈だよ? 何せ、”天使事件”を起こした人物だからね」
……今、こいつは何と言った?
シオンは呆然と、声に出せない程の衝撃を受けて、問う。
黄金の、仮面。
神の名、真名を持ち得た存在。
何より”天使事件”を、あの忌まわしい事件を起こした人物――そんな人物は、一人しか居なかった。震える唇で、シオンはその名を呼ぶ。
「シェピロ・アルカイド……生きて、やがったのか……!」
「そう! 全世界にたった四人しか現存しない。”ランクEX”! それが、”あの人”さ!」
絶叫するように、紫苑が吠える! それを聞きながら、シオンはぐっと息と共に、その意味を飲み込んだ。
天使事件を、ある存在と共に引き起こした人物。それが、シェピロ・アルカイドと言う存在であった。彼が生きていると言う事はつまり。
「また、やろうってか? ”俺を使って神の降誕とやらを!?”」
紫苑が最初に会った時にシオンを殺せないと言った意味を、シオンは卒然と理解した。
シェピロが再び神の降誕を自分を使って行おうとするならば、殺す事を禁じる筈である。シオンの叫びに、しかし紫苑はただ笑う。
「さぁね。ただ、貴方を殺す事を僕は禁じられただけだよ。後は知らない――だけど、僕はそれが納得いかないんだ。僕が居るのに、何故、貴方を必要とするのか……?」
――笑いが、消えた。人形じみた無表情な顔となった紫苑に、シオンは押し黙る。
紫苑は構わず、無表情なままで続ける。一歩を、シオンに向かって前に踏み出した。
「僕が居る、僕が居るんだ。なのに何故、貴方をあの人は求めるのか? ……僕はそれが納得出来ない。だから、あの人の命を裏切って貴方を殺す事にしたのさ……そうすれば、あの人は僕を見てくれる――」
「…………」
歌うように、唄うように、詩うように。
そう言いながら歩く紫苑に、シオンは気圧されたように、後退した。
あの人は僕を見てくれる――。
そう言う紫苑に何かを感じてしまって……。
更に紫苑は、前に進む。シオンはまた、後退した。
紫苑はそれを見ながら刀を構える。同時にくすりと笑い、表情を取り戻した。すっと刀を差し向ける。
「あんまり後退しないほうがいいんじゃないかな? ……背後を見るといいよ、時間を十秒だけあげるからさ」
「――――!?」
その台詞にシオンは反射的に振り向いた。視界に、”彼女”が飛び込む。
教室の床に、仰向けになって転がされた、彼女――姫野、みもりが。
目を閉じて、ぐったりと動かない。一瞬、最悪の事態を想像して悲鳴を上げかけるが、よく見れば、そんな事にはなっていなかった。
ゆっくりとだが、呼吸をしている。それを確認して、シオンは安堵の息を吐いた。薬か何かで眠らされているのか、起きる気配は無い。
「十秒経ったよ」