魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十三話「刀刃の後継」(前編)
2ページ/4ページ
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
なのはとのやり取りから一時間後。シオンの姿は神庭家にある道場にあった。
あの後、皆で朝食を摂り、食休みを挟んでここに来たのだ。朝食では……スバル達が相変わらずの健啖っぷりを存分に発揮して、アサギを存分に驚かせてくれた。
それを思い出して苦笑した後、シオンは道場の真ん中で起動したイクスを正眼に構える。
頭に浮かべるは、昨日突如として現れた五年前の自分と同じ存在、紫苑であった。
一昨日戦った感覚を思い出しながら、頭の中でシュミレーションを行う。
ノーマルでのパワーを活かせた攻撃。
ブレイズの速度で翻弄し、放つ攻撃。
ウィズダムの突撃、砲撃を持っての攻撃。
カリバーの奥義、合神剣技を主軸にした攻撃。
それらを次々と思い浮かべて、得られた結果は――全て、敗北だった。
パワー任せの剣は、刀であっさり斬り流され、速度任せの双刃はことごとく迎撃され、突撃、砲撃は神空零無で無効化、あるいはあっさり躱され、奥義は精霊召喚の際に生じる隙を突かれて敗北した。
何せ五年前の自分である。イメージはこれ以上無い程に克明に再現され、そして完膚無きまでに敗北した。
あまりの結果に、シオンは落胆を通り越して呆れて苦笑した程である。
……奴は、遠からず必ず現れる。
それは、もはや確信。
自分との決着をつける為に。
自分を確立する為に。
唯一の自分である為に!
必ず、あいつは自分前に現れる。だが、だが――。
「――どうしようも無く勝てない、か……」
【どうする気だ】
シオンのシュミレーションをイクスも見たのだろう。いつもの淡々とした声に僅かな震えがあった。それにシオンは再び笑う。
正攻法では、どうあがいても勝てない。それだけは理解した。ならば。
「……それ以外の方法で勝つだけだ」
にっと口端を歪めてシオンは笑う。あまりにも散々な敗北しか脳裏に浮かばなかったくせに、その顔には何故か自信が満ち溢れていた。
「俺は、あいつに勝てる要素がどこにも無い。あいつの力を誰よりも知ってるからな。けど、それは同時に誰よりもあいつの弱点を知っている事に他なら無いんだよ。……何せ、”俺”だ」
言うなり、シオンはイクスを待機状態に戻して道場から足早に出た。
確か、トウヤが”あれ”を持ってた筈だ――。
そう思い、母屋へと戻ると、心の中だけでトウヤに謝りつつ部屋に押し入る。
トウヤの部屋は、とても綺麗だった。恐らく兄弟の中では一番綺麗にしてあるだろう。
……ちなみにワースト1はルシア、次点はアサギだったりするが。
部屋に入るなり、シオンは迷わず箪笥を漁る。綺麗に整頓され、畳まれた冬着に、いいの持ってんなぁと苦笑。いつかパクったろうと思いながら、今は関係無いので置いておく。
ごそごそと暫く箪笥を漁ると、”それ”が出て来た。手に取り、シオンの顔が綻ぶ。
「まず1つ」
【”それ”がお前の切り札か?】
シオンの肩に座り、イクスが言って来る。そちらに視線を移してシオンは笑った。
「あいつ専用の、な。他の奴には意味無いモンだけど。あいつだけには通じる」
【だが、それだけでは……】
「分かってる。言ったろ? ”1つ”ってよ」
ぐっと”それ”を握りしめながらシオンは笑うと、立ち上がろうとして。
「あ、いたいた。シオン?」
「アンタ、何してんの?」
自分とイクス以外の声が響き、振り返る。開かれた襖の前に、スバル、ティアナ、エリオ、キャロが居た。シオンを見ながら怪訝そうな顔をしている。そんな四人にシオンは笑って見せた。
「別になんも。……で、どうかしたのか?」
「あ、うん。八神艦長達が海鳴市に行くらしいんだけど。シオンもどうかなって」
シオンの問いに、スバルが笑顔で答えた。
海鳴市――確か、なのは達の故郷だったか。タカトと実質、最初に戦った因縁の場所でもある。
……そういや士郎さん、元気かな。
アースラを下りると決めた時に、雨宿りで立ち寄った喫茶店のマスターの顔をシオンは思い出す。
優しく、父親と言うのは。こんな人なんだなぁと思った人だ。
士郎との会話を思い出し、シオンは思わず笑う。
……ちなみに彼が、なのはの父だと言う事をシオンはまだ知らなかったりする。偶然とは奇なり、とはよく言ったものでだ。会いたいとは思う。……だが。
「悪い。今回やめとくわ」
「そう? 何か用事とかあるの?」
苦笑しながら断るシオンに、スバルがきょとんと問い返す。シオンとしても、海鳴市に行くのは吝(やぶさ)かでは無い。だが、今はそうも行かなかった。紫苑がいつ来るのか、分からないのだ。スバルやなのは達には、昨日夜に紫苑が告げた言葉も、ましてや紫苑が訪れた事すらも伝えてはいない。
あいつと決着をつけるのは、俺だけでいい。
そう、シオンは思っていた。
……それがエゴだと。単なる我が儘に過ぎないと、シオンも分かっている。だが、こればかりは譲れ無かった。だから、誰にも紫苑の事を伝え無いと決めたのだ。
……大概、我が儘が過ぎるよなぁ。
苦笑する。スバル達に知られると、まず間違い無く”お話し”行きだろう。それでも、誰も紫苑と自分の戦いに巻き込む積もりは無かった。それに――。
「ま、ゆっくりして来いよ。……そういや、お前達のデバイス。メンテが終わるの、明日だっけ?」
「……そうね。明日中には、クロスミラージュも返って来るわ」
何気無い風を装って問うたシオンに、ティアナが頷く。現在、アースラメンバーらのデバイスや固有武装は『月夜』に預け、フルメンテの真っ最中であったのだ。
時空管理局本局での決戦、そして地球までの逃避行で、皆のデバイスや固有武装は、かなりのダメージを負っていた。
ロスト・ウェポンにするにしてもしないにしても、どちらにせよ修理しなければ話しになら無い状況だったのだ。
その為のフルメンテであり、アースラメンバーは誰もデバイスも固有武装も持っていない――だから。
……一両日中に来る可能性大、か。
シオン以外にまともな戦力が無い状況。紫苑がそれを見逃すとも思え無い。
おそらく今日中には来る。それは、もはや確信だった。
「シオン兄さん。そんな事聞いて、どうしたんですか?」
「ちっと気になっただけだって。今、ストラの襲撃があったら大変だなーてな?」
エリオの問いも、はぐらかすようにしてシオンは笑う。紫苑の名は出さないようにして、少しだけ関連性がある情報を混ぜておく。下手な嘘より、こう言った嘘の方が安全だろう。それでも、四人はジト――と、シオンを見続ける。キャロでさえ、微妙に疑ってるような顔なのだ。
……こいつ達、俺専用の直感でもあるんじゃ無かろうかと、内心シオンは苦笑する。
これ以上話していてボロを出すのもバカらしいので、とっとと部屋を出て四人から離れる事にした。
「んじゃ、楽しんで来いよ。俺は部屋で、だらだらしてるわ」
「あ、はい」
ポンとキャロの頭に手を乗せてシオンは笑い、トウヤの部屋を足早に出る。取り敢えず、自分の部屋に戻る事にした。
……切り札2は、準備とかもいらねぇしな。
強いて言うならば、後で道場で試して見るだけである。取り敢えず悟られる事だけは避ける為に、シオンは足早に自室に向かった。
「シオン……」
「……あいつ、また何か隠してるわね……」
「はい。僕もそう思います」
「私もです!」
「シオン。意外に嘘分かりやすいよね……ティア、どうしよっか?」
「決まってるわ。なのはさん達には悪いけど、海鳴市行きは中止。あの馬鹿を張るわよ!」
「うん!」
「「はい!」」
四人が去って行くシオンを見ながら、頷き合う。
自分が思っている以上に、四人には自分の事を知られている事に気付いていないシオンは、そんな会話に当然気付ける筈も無い。
かくて神庭家には、アサギ、シオン、そしてフォワード四人が残る事となった。