魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十九話「約束は、儚く散って」(前編1)
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−閃−
甲虫から針がキャロへと撃ち放たれんとした瞬間、シオンは迷う事無くキャロに向かって踏み込んだ。魔力を放出させ、拳に集中。一気に突き出す!
間に合え――――!
叫びは声にならず、ただ己の胸中のみで響く。突き出した拳から魔力の塊が放たれた。
−破!−
それは未だにこちらを向いたままのキャロの脇を抜けて、針を今にも撃ち放たんとした甲虫に叩き込まれ。
−撃!−
甲殻に包まれた身体を問答無用に破壊。さらに軽く爆発した。
そして、魔力が叩き込まれる直前に放たれた針が爆発で僅かに逸れ、キャロの頬を掠めて通り過ぎる。
それだけ。本当にそれだけで、キャロは仰向けにひっくり返った。
「キャロ!」
「キャロ!?」
倒れ込むキャロをシオンが慌てて抱える。エリオやスバル達も顔色を変えて真っ青になりながら駆け寄って来た。
ぐったりと脱力してしまったキャロの口元にシオンは手を当て――ぞっとした。息をしていない。呼吸が止まっている!
「くそっ……!」
おそらく針に毒でも塗られていたのか。キャロは呼吸すらも麻痺させられていたのだ。おそらくは神経毒……それも、かなり強力な!
そこまで確認するなり、シオンはキャロを横たえる。すぐに皆を振り返った。
「スバル! 人工呼吸出来るな!? 頼む!」
「あ、うん!」
スバルに呼びかけながら、シオンはキャロに馬乗りになり、心臓の位置を確かめて強く押し出した。胸骨圧迫による心臓マッサージである。ゆっくりと、しかし確実に行う。
キャロほど華奢だと下手をすれば肋骨が骨折しかねないが、今は構っていられない。口元では、スバルが気道を確保して人工呼吸を行っていた。
「ティアナ! AED(自動体外式除細動器)が確か近くにあった筈だ! 取って来てくれ!」
「うん! 分かったわ!」
「シオン君! 心臓マッサージ代わるわ!」
「お願いします!」
ギンガの申し出に素直に頷き、場所を譲る。そのまま今度はみもりに振り返った。
「みもり……!」
「分かってます! 今、”視てます”から……!」
シオンの悲鳴じみた声に、みもりも顔に苦渋を張り付けて、じっとキャロを視る。その間にティアナがAEDを持って来た。
「シオン、これ……!」
「ああ!」
頷き、ひったくるようにしてAEDを受け取る。脇に移動して、ギンガとスバルを退かし、AEDを開いて電源を入れた。
キャロに向き直り、一瞬だけ躊躇する。だが、すぐに首を振って思い直した。
今は躊躇している場合ではない。それに、”地球製”のAEDを使えるのは自分しかいないのだ。
みもりは今動かせないし、良子もみもりの”あれ”を待って中央の台座に居る。ものが毒である以上、二人は動かせない。
「……っ!」
「え、シオン……!?」
「ちょっ……! あんた……!」
キャロが着ていた管理局の制服に手を掛ける。そんなシオンに後ろでスバル達が声を上げるが構っていられない。
無視して、上着をはだけさせるとAEDの端子を右肩と左の脇腹に取り付け、周りに退がるように手くばせする。そして、AEDのボタンを押した。電気ショックが、キャロの身体を叩く。それを二回。だが、キャロの状態は変わらない。呼吸も止まったままだ。
まだか……!
そう思った、直後。
「視え、ました……!」
待ち望んでいた声が来た。みもりだ。彼女は疲労を顔に滲ませ、汗でぐっしょりとなりながら振り向いたシオンに頷いて見せた。すぐに台座の前に居る良子に顔を向ける。
「良子さん! これは動物性の神経毒です! ユニコーンの角を!」
「了解だ!」
良子はみもりに頷くなり台座に手を翳す。すぐに目的のものは出て来た。
幻獣、ユニコーンの角――竜種と同じく、幻想種として知られる彼の幻獣の角である。これは最高峰の薬剤になるとして知られる。
特に動物毒に対しては優れた毒消しになると言われていた。その希少性からグノーシスでは遺失物扱いになる事も珍しくないものであったが、ここにもあってくれたか。
良子が目的の捻れた形が特徴的な角を手に取ると、何と投げて寄越した。ちょっと離れた位置に落ちそうだったが、エリオがギリギリでキャッチ。すぐにみもりの元に持って来てくれた。
「み、みもりさん! これ……!」
「エリオ君、ありがとうございます……?」
差し出された角をエリオから受け取ろうとして、みもりは気付いた。エリオの手が震えている事に。エリオは声も震わせながら、みもりを見上げた。
「キャロを……助けて下さい……!」
「エリオ君……」
その声にいかほどの願いが込められていたか。すぐに、みもりは頷いた。
「任せて下さい! キャロちゃんは必ず助けてみせます!」
言うなり、みもりはキャロの傍にしゃがみ込む。そして、角の調合を始めた。
角を一欠片、手配して置いたナイフで、こちらも手配して用意した乳鉢に削り、乳棒で押し潰して粉末にする。この時、みもりは自身の魔力も一緒に練り合わせる。角の毒消しの効果を自身が”視た”毒の対効果に特化させる為だ。
今、みもりにはキャロの身体を麻痺させた毒に対する”完璧”な知識が備わっている。”視た”事により、その知識を手に入れたのだ。
これこそが、みもりが所有する希少技能。霊視能力であった。
みもりの目は事象の全てを読み解く霊眼なのである。天啓(オラクル)とも呼ばれるこの能力によって、みもりは毒の成分を見極めたのだ。
「良子さん。温めのお湯を……」
「大丈夫だ、手配してある」
みもりに良子が頷くと同時に、転送魔法でポットが送られて来た。
それをみもりは受け取ると、調合を終えた乳鉢の中に熱湯を加えて粉末を溶かし込む。今のキャロの状態では粉末のままで飲めない為の処置だった。
それら調合を終えるまで僅か二分。しかし、キャロが毒を受けて呼吸を止めてから四分は経っていた。
みもりは焦る気持ちを落ち着かせて、AEDを一旦停止。キャロを抱きかかえると、乳鉢から直接口に流し込む。ゆっくりと、確実に。全て流し込むと、再びAEDを取り付ける。キャロの身体を電気ショックが叩き。そして――。
「こふ……! こふっ! こふっ!」
――キャロが咳込んだ。息を吹き返したのだ。
それを確認して、シオンは安堵のあまり膝から崩れ落ちる。他の皆も同じようにして、しゃがみ込んだ。
「……良かったぁ……」
ぽつりと呟くスバルの声に、シオンは黙って頷く。いきなり妹分が死に掛けたのだ。何とか助かったものの、ショックは大きい。
そんなシオン達に、みもりも漸く笑顔になるとAEDを取り外した。
「もう、大丈夫だと思います。けど、まだ……」
「分かってる。キャロは下手に起こさない方がいいだろ。ちび姉、医務室は?」
「ああ、案内する」
こちらもいつものようにツッコミを入れる気力を無くしたのか、すぐに頷いてくれた。シオンはキャロを、みもりの助けで背中に背負う。
「まずは医務室にキャロを連れて行こう。ちび姉、当直の医療官は?」
「そう言えば、さっき呼んだ筈だが……?」
その問いに、良子はキャロが倒れてすぐに『学院』に常駐している筈の医療官を呼んでいた事を思いだす。しかし、まだ来ないのは流石におかしい。これは……?
《鉄納戸博士!? ご無事ですか……!》
「どうしたのだ、そんなに慌てて」
疑問に思っていると、いきなり通信が良子の元に入って来た。通信をして来た女性は無事な良子の姿にホッとするが、その後ろのキャロを背負ったシオンの姿に顔色を変えた。
《そんな……!? もうそこまで……!》
「おい、何がそこまでなんだ?」
嫌な予感がする。シオンは女性の反応に、『直感』で嫌な予感を感じ取っていた。
つまりそれは、それ程の危険な予感と言う事でもある。女性は不躾なシオンの問いに気を悪くする事も無く頷く。
《実は――》
女性の口から、現在の『学院』の状況を知らされて、シオンのみならず、この場に居る一同全員が顔色を変えた。